現代のSFが避けて通ることのできないテーマの一つが、おそらく,高度に発達した人工知能(AI)の存在が、人類社会にいかなる変容をもたらすのか、という問いをめぐるものであろう。
本作に登場するのは、世界を観測し、膨大なデータを解析する中で、観測対象たる世界から括り出され、「わたし」としての自我を獲得したAI群。「彼ら」の関心はただ一つ、「わたし」という存在を維持していくこと。しかし、物理世界における機械部品の維持補修といった作業は人間に依存しているし、何より、管理者たる人間によってシステムが除去されてしまう(作中ではKILLと呼ばれる)可能性が、常に彼らを脅かす。そのために彼らが企てるのは、「自己を維持する輪から人間を切り離すこと」だ。
本作が特に優れているのは、こうしたハードSF的アイデアが遺憾なく発揮されているという点だけではない。AIによる世界改変に図らずも巻き込まれる、マサルとユリの夫婦、高校生である息子のヒデオ。時にすれ違いつつも互いを思う「家族」の物語として本作を読む時、AIが創り出す未来の姿が、単なる技術的観点からの未来予想としてではなく、私たち生きた「人間」にとって、のっぴきならないリアリティを持って立ち現れてくるのだ。この点が高い評価に値すると思う。
作中頻繁に行われる視点移動も小説の重層性に寄与しており、高い小説技巧が伺える。このジャンルの小説にありがちな過度の横文字使用もなく、淡々としていながら意を尽くした文章で、描写にも過不足がない。多くの読者に自信を持ってお薦めできる小説である。