この数か月間、いろいろなことがあった。
まず、引っ越しをした。
元々中央区晴海のタワマン最上階に住んでいた(元ホームレス・マクドナルド難民としては、あの頃地べたから見上げていた夢を叶えた)のだが、田舎に住みたくなって、家を買うために茨城に引っ越した。
後述するが、これは妊活のためであった。高層階は妊娠しにくいのはマジだと確信したのだ。
……人生で初めて家を買うので、控えめに言って舐めていた。
数週間で家くらい買えるだろと思っていたら、半年かかった。
とりあえず四月一日に引っ越そうと思って、三週間後の二十一日に茨城県に引っ越した。
これは賃貸で、仮住まいである。
どうせ一・二か月で出て行くし、と内見もせずに適当に決めてしまったが、めちゃくちゃいい住環境で、当たりを引いた実感がある。なにがいいって、近くに公園がたくさんあるところだ。どこを行くにも緑を見ながら行ける。これらは余談。
四月末から五月中旬まで、岡山に行ったり、関西に行ったり、茨城に引っ越してからも移住先を検討していた。
が、五月の中旬に、最初の奥さんのところの中一の息子が、俺のところに家出しにくるというとてつもない事件が起きた。
彼は母親と喧嘩をしたあと、ChatGPTを使って、群馬から茨城まで電車で数時間かけてやってきたのだ。
前日に、「お父さんっていまどこに住んでるの?」と突然聞かれ、「茨城だよ」と答えはしたものの、そのほかにはとくに詳細な打ち合わせもなく、ぽんとやってきたのであった。なんという自己中心的な男なのだ。俺にそっくり。
当然、母親サイドは大慌てであった。当たり前だ。心配しない母親はいない。
しかし、俺も子供の時から家出をしていたし、俺の弟も自転車で浜松から名古屋まで家出していた。というか俺も弟も母親と折り合いが悪くて、今でも家出しているような状態だ。
だから、なんというか、衝突して飛び出す我の強さや、それを可能にしようとする生命力や知能に、俺の血を感じてしまった。元奥さんのことを考えると不謹慎だけどね。
そこで息子は、前相談なしにいきなりやってきたことで、父親が新しい女と同棲を始めていることや、じつはバツ2でもう腹違いの妹がいることなどを知ることになった。これはある意味で運命だった。
これ、いま書いてるまあまあ鳥伝と被るんだけど、実は俺の父親もバツ2で、俺には腹違いの妹がいるので、俺と長男は環境が似ているのだ。
(まあまあ鳥伝は事実を基にしたフィクションである)
そこで、三人目の妻、略して三妻と息子と、三人で四日間一緒に過ごした。
牧場に行ったり、家の内見へ一緒に行ったり、ゲームを一緒に作ったり、一緒にライブ配信したり、とにかくたくさんの思い出を作った。
中一の息子が家出してこなければ、もしかしたら関西に住んでいたかもしれない。
だけど、彼が言った。
「茨城だったらまた来れるから、関東にいてよ」
「そうする」
こうして茨城に住むことが確定した。
何日目かの晩、三妻と長男が打ち解けたころ、俺は長男に聞いた。
「なあ、弟と妹、どっちがいい?」
「弟」
今思えば、俺、継母、長男というこんな奇妙な関係性こそ、小説のような関係性なのだろう。
事実は小説より奇なり。
余談だが、その後三妻は妊娠した。妊娠した日を逆算すると、長男の来た日の前後であった。あいつは縁起のいい福の神だ、と俺たちは本当に感謝している。
家の方は、長男の家出騒動のあと、いい家が見つかった。
しかし、不動産業者が悪い業者で、買い付けを出していたのに、放置されて、地元の役場の人に並行して売る話をしていた。
それで結局流れた。
そのあと、緑の本当にきれいなエリア、霞ヶ浦の南あたりに安い中古の家を見つけた。
そこは本当に気のいいところで、空気がよかった。家自体もきれいで、とても気に入った。
そこを買うことにしたのだが、今度は銀行の担当さんに連絡しても返事がない。
あとで知ったが、異動していて、連絡も不通になっていたという。
これでまた二週間くらい伸びた。
色々あったものの、結果的にはちょうどよかった。
なぜならば、三妻の妊娠が発覚したからだ。
詳しい話は端折るが、俺も三妻も三十六歳で、そろそろ子どもをどうするか真剣に考えねばならなかった。俺の方には二人の奥さんとの間に三人いるが、彼女はそういうわけにはいかない。
同棲して一年、結婚を前提に子作りしていたが、子供ができない。
だから、まず住む場所を変えた。高層階は不妊や流産リスクが高いと知りながら、眺望のために住み続けるのは、子供を望むのであれば愚かなことだと思った。
それから、二人そろってタバコをやめた。ご飯も健康的なものに変えた。具体的には砂糖や油を控えて、水飲んで米を食う生活だ。あと歩いた。体力がないと妊娠しない。
不妊治療に一円も払っていないが、出来ることをやっていたら、一年間妊娠しなかったのに、引っ越しして二か月で妊娠が発覚した。
マジでやれることをやってきてよかった。
そんなこんなで、ようやく八月の下旬に金消契約が終わり、九月の中旬からリフォームの工事が始まる。
一・二か月の仮住まいだと思っていた家は、どうやら十一月末まではお世話になることになりそうだ。
運転が苦手だったが、車も買う。
新しい家に引っ越したら、家庭菜園を始めたい。
そんなこんなで、とてつもなく大変な春夏が過ぎていった。
正直、イスラエルとイランが戦争を始めたとき、大変なことが始まった、と思った。インドとパキスタン、タイとカンボジアなども紛争があり、世界中で緊張が高まった。四月五月は引っ越しと家探しで仕事も手に付かなかった。
戦争が始まれば、輸入が途絶える。
輸入が途絶えれば、食糧生産している田舎と、そうでない都会とでは、食糧事情に差が出る。
土地の安い田舎なら、食糧生産も可能。
俺はそう予想し、田舎に引っ越そうと思ったのだ。
実際には、戦争は収まった。
しかし、昨日、今度はトルコがイスラエルを挑発していた。
今後もどうなるかわからない。
平和な期間は猶予期間、ボーナスステージだと思うことにして、さまざまなことに備えていこうと思う。