(私信、コメント不要)
決して許せぬ言葉があった。
致命の一撃であった、私にとってその言葉は。
その言葉を、文章を受けたが最後、根限りに怒らねばならなかった。その言葉を発した者の悪意の有無にかかわらず。
怒りを感じること自体は、私の立場からは当然のことである。
だが、怒りを相手にぶつけたことは、明らかな私の過ちであった。
ここで改めてお詫びを申し上げたい。本当に、申し訳ありません。
怒ることは仕方がない、だが、こっそりと一人で怒っているべきだったのだ、そしてこっそりとこう言うべきだったのだ、一人で。
その言葉を許す、と。
その言葉の発し手の方々に対しては、許すも何もこちらが許しを請う立場である。重ねてお詫び申し上げる。
だが、私はまだ『その言葉、それ自体』を許していなかった。人ではなく言葉自体を。
遅まきながら。それを今、許す。
ここ三ヶ月余りの間、私が何をしたかったといって。この怒りを言葉の発し手へ伝えたかった(怒りを叩きつけたことは過ちである。だが、怒りを理解してもらうことは私の願いだった)、ということもそうだが。
それ以上に。自分の怒りを、取り去ってしまいたかった。
内から内から焼け焦げていくかのような苦しみだった。
日々の生活で出会う楽しさは、感じる間もなく皮膚の表面を上滑りして消えてゆき。 悲しみと苦しみ、怒りが頭の内から止めようもなく湧き上がってくる。
膿の溢れる癒えぬ傷口を頭の中に抱えているようだった。
その苦しみを捨て去るために、必要な言葉があるとようやく気づいた。
『その言葉を許す』。
ただ一つの言葉で始まった怒りと苦しみなら、ただ一つの言葉で止められる。
そもそも許可など必要なものか、発言も表現も自由だ、何の権利があってお前がそう言うのか――そう仰りたい方もいるだろう。だが、必要なくともあえて許す。権利がなくともそれでも許す。
その言葉を指弾した、その私があえて許す。
過去の私が決して許さないと誓った、その思いと同じ重さを以て今ここで私が言う。
決して、許す。
(追伸)
何度も言うようだが、発し手の方々へ私と同じ苦しみを与えてしまったことを本当に申し訳なく思う。重ねて言うことになりますが、すみませんでした。
今までのやり取りについてご不審の点があればいけないので追記させていただく。
あなたに向けた文章にどれも嘘はないと言ったが、これは真実だ。お伝えした言葉に一言半句たりとも嘘はない。
ただ、語ったことが真実であるのと同様に、語らなかったことにも真実がある。「(あの言葉だけは許せなかったが、それはそれとして、それ以外を見たとき)この作品は本当に素晴らしいし共感できる」といったふうに。
……言い訳がましいが、語らなかった真実を語らないままにしておく――怒りをそもそもお伝えしない――という選択も当時の私は考えていたためそのような形になった。そちらの選択肢を選ばなかったのは私の過ちであり、弱さである。
これだけは申し添えておくが、今この文章に、伏せている内容はないとお約束する。
蛇足ではあるが、私の職業は予測されたようなものではないことを、その職業の方々の名誉のためお伝えさせていただく。ただ、間違われたのは二度目でもある。
また、この件に関して考えていた理屈について発表したいとお伝えしていたが。見返したところ、発し手の方々を傷つける内容が含まれているため、発表することはしないでおきたいと考えます。また、その内容についてお詫び申し上げます。
あの理屈について、別の場所で私と同じようなことに苦しむ人がいれば助けになるのではないか、と思ったことは真実ですが。今考えれば、そう役に立つものではなかった。
勝手ばかり伝えて申し訳ない。ただ、やっとこの執着を手放せた。
私としては、ようやく頭の上の重石が取れた心持ちでいる。
しかし、人を傷つけてしまった苦みが重く残っている。恥じ入っている。