まだまだ抜けきってはいないながら、埒外な暑さもようようと鎮まって参りましたね。37度の日差しを受けつつ自転車で出動しておりました業務請負おじさんにとって、これほど喜ばしいことはありませぬわ。
 ——最近表現というものについてあらためて考え込んでいたりします。知らないものをどう表すかも難しいのですけれど、知っているものをどう表すかもやっぱり難しいものです。知らなければ書きように悩みますし、知っていれば単なる知識披露になってしまいそうでこれもまた悩みますし。寿命のいくらかを代償に産み落としたストーリーを、説明に逃げ込むことなく描写として魅せるにはどうしたらいいのか!? それこそ物を語るを志せし者の永遠なるテーマですよねぇ。まあ、出口なきダンジョンとも言えましょうが。
 と、詮ないことを語ってしまいましたけれども、今月はみなさまにぜひとも出逢っていただきたい新作4編をご紹介いたしますよ。開く順番はご自由に! どうぞ心ゆくまでお楽しみくださいませー。

ピックアップ

彼女と彼はただひとつのものを視(み)続けている。

  • ★★★ Excellent!!!

 絵画が好きでたまらない“彼女”と、絵画には興味がないと言う“彼”。それなのに彼はいつも彼女の側にいて、彼女はその意味にまるで気づかなくて……。かなり鈍めな女子とかなり一途な男子が織り成すすれ違いの恋愛物語、その顛末やいかに?

 同じ大学の同級生であるふたりの主人公を交互に描く構成なのですが、見所はふたりの視線と視点、このふたつの“視”ですね。なにせ彼女は絵画しか視ていませんし、彼は彼女しか視ていないわけですから。

 そんなふたりの、まるでズレがないからこそ噛み合わない“視”を一話300字という短文で重ねていくことで表されるのです。ふたりの関係性の細やかな推移と、恋愛ものの肝である濃やかなもだもだ感が!

 それが読者に視えるのは、彼女と彼のキャラクターがしっかりと確立されていればこそでもあります。そのキャラ力という点にもぜひご注目いただきたく。

 さくさく読めて思いきり悶えられる、妙なるショートショート。女子にも男子にもおすすめですよー。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)

とある失踪宣告を巡る人間の物語

  • ★★★ Excellent!!!

 家庭裁判所の調査官である相川は、とある案件を担当することとなった。不在者の生死が7年間明らかでない者へ失踪を宣告し、死亡したものとする失踪宣告――それを行うための諸々を調えるため、相川は調査を開始したのだが……

 タイトルにもなっている800円とは失踪宣告の申立手数料となります。そして申立をする申立人は不在者(失踪した人)の利害関係者(不在者の死亡で諸々の利害を被る人)。相川さんは申立人である不在者の娘さんや関係者さんに聞き取りを行っていくのですが、一見静かなやりとりの中から、人々の穏やかでも単純でもない関係性や心情のうねりが染み出してくるのですよ。東日本大震災で多くの失踪調査に携わった相川さんの設定を十二分に生かしつつ、何気ない文章を連ねることでその大きさを浮き彫りにする著者さんの筆、実にすばらしい。

 そこに居ない人間を中心とし、そこに居る人間の模様を描き抜いた、濃くて厚い人間ドラマです。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)

運命のるつぼの底、令嬢は運命の出逢いを果たす

  • ★★★ Excellent!!!

 男爵家令嬢レアは、母と同様貴族の価値ある所有物となるべく美を磨かれてきた。しかしてモラリアム伯爵家の次男へ嫁ぐ——その所有物となることが決まったのだが。式の直前、彼は失踪。されど政略結婚を壊さぬため伯爵家末子ニコラに取り入るよう命じられる。すべてを諦めきっていた彼女はそれに従い、そして。妖艶なる調香師ファビアンと出逢う。

 所有物としての人生を強いられた貴族令嬢。その諦念の深さにまず目を奪われました。そしてそれがあるからこそ、ファビアンという人物との出逢いが鮮烈で、一気に引き込まれるのですよね。

 産業時代の西欧をモチーフにした、エネルギッシュでありながらなんともくすんだ世界観もそうなのですが、描写が実に濃やかでかぐわしいのです。物語を大きく覆しながらも約束された結末へと至るストーリーラインへはもう、浸り込まされずにはいられません。

 人と香りとが合わされて匂い立つ極上の悲喜劇、心ゆくまでドラマを味わいたい方に。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)

突然の災害へはこれをそろえて備えよう!

  • ★★★ Excellent!!!

 今年の8月に日本南部へ大災害をもたらし、通過後には凄まじいフェーン現象を引き起こした台風6号。それによって5日間もの停電断水生活を余儀なくされた色埴ほへとが、絶対必要な災害への備えを説く!

 実際、備えって平時の中ではなかなか思い至らないものですよね。でも、いざ生活インフラが断たれ、いつ復旧するかわからないまま待ち続けなければいけない生活を送る……想像以上の困難じゃありませんか!

 それを著者さんは経験から語り、さらにはそうした状況下で最低限の尊厳と営みを保っていくため必要な物を挙げてくださっているのですが、注目していただきたいのは構成。物品ひとつひとつで章立てし、それがどのようなとき、どのように役立つのかを解説しておられるのですよ。読みやすくてわかりやすい! 個人的には生活用品もさることながら、ストレス対策の重要性を痛感しました。

 ドキュメンタリーとしてはもちろん、災害マニュアルとしても非常に価値のある一作、心の備えとしてぜひご一読を!


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)