今回は格闘小説特集。しかし、ただの格闘小説ではなく特殊な格闘小説ばかりを中心にピックアップしてみた。高校生のくせに地下闘技場を運営している少年と、そこに突如参戦した女子高生のラブコメ、ヒーローと怪人が真剣勝負で潰し合う異色の特撮番組、オークに扮した覆面レスラーと彼に挑む高校生たちを描いた青春プロレスもの、存在するだけで周囲を狂気に追い込む力士に立ち向かう悪魔力士狩人たちの死闘……。いずれも最後まで完結している作品で、格闘技好きの人はもちろん、格闘技に興味がないという人でも楽しめるはずですのでぜひよろしくお願いいたします。

ピックアップ

ラブコメの舞台となるのは地下闘技場!?

  • ★★★ Excellent!!!

 日本最大の富豪の家に生まれた金沼総国は、親の後ろ盾を利用してひそかに地下闘技場『強敵乃会』(とものかい)を運営している高校生。そんな『強敵乃会』にある日一人の人物が乱入する。猿のお面を被った小柄な乱入者は、地下王者をあっさりノックアウトするとすぐさま逃亡。突然の事態に困惑する総国だが、その翌日に犯人はあっさり判明する。乱入者の正体は同じクラスの女子、猿飛愛子だったのだ!

 迫力のある格闘描写に加えて、次々登場する地下闘技場ならではの怪しい強敵たちと、格闘小説としての大事なポイントが押さえられている本作だが、それに加えて青春ラブコメとしても面白いのが最大の特徴!

 突然乱入してきた愛子を再び『強敵乃会』に出場させたい総国だが、ろくに友達もいなければ女子と話したこともない総国にとって愛子に話しかけるのは地下闘技場の運営以上に過酷な試練! こんな感じで何の接点もなかった二人が地下闘技場という非日常な空間を通じて、少しずつ距離を縮めていく過程が実にいい。二人の脇を固めるサブキャラも、総国の地下闘技場を乗っ取ろうとする性格最悪の姉や、総国に忠実なようですぐに裏切る執事などやたらと濃い人物ばかりでラブコメとしての面白さに華を添えている。

 また「ただの女子高生である愛子がなぜこんなに強いのか?」という謎がストーリーの一つの軸となっており、これにちゃんとした回答が用意されているのも嬉しい。


(「拳で道を切り開く! 特殊格闘技小説!」4選/文=柿崎憲)

特撮の世界に隠された、格闘家たちの真剣勝負がここに!

  • ★★★ Excellent!!!

 昭和の時代、実戦至上主義を謳い政財界にも強い影響を持つ日本最大の武術団体があった。その名は叢雨流――その総帥である叢雨辰次郎はある時テレビ局に大きな圧力をかける。

 特撮番組の放送をやめてもらいたいというのだ。曰く、特撮番組は格闘技でありながら、それでいて〝うそごと〟である。格闘技を実戦としてやっている自分たちにとってそんなものが子供たちに見られるのは迷惑だというのだ。

 めちゃくちゃなクレームだ。しかしこのクレーマーにはそのめちゃくちゃを押し通す武力と権力があった。これに対しテレビ局局員の橘川はさらなるめちゃくちゃなカウンターを放つ。

 だったらフィクションではない真剣勝負の特撮を撮ってやろうではないか、と。かくして作られたのが異色の特撮番組『宇宙拳人コズマ』である。その内容はコズマ役に抜擢された青年・風祭と、怪人役として送り込まれる叢雨流の刺客がルール無用で真剣勝負を繰り広げるというもの。

 着ぐるみに隠されて一見わからないが、平気で流血はするし骨だって折れるという容赦ない格闘描写がたまらない。また週ごとに現れる叢雨流の刺客たちもただのやられ役ではなく、それぞれドラマを背負った魅力的な人物として描かれており、ファイトスタイルもボクシングをベースにした者から中国拳法の使い手やヨガの達人まで現れて実に多彩。

 死闘で倒れたヒーローに代わって2号ヒーローが登場するなど特撮ものとしてのお約束もしっかり踏まえられており、格闘小説としても特撮ヒーローものとしても極上の一作に仕上がっている。


(「拳で道を切り開く! 特殊格闘技小説!」4選/文=柿崎憲)

謎の覆面レスラーの戦いがプロレスの魅力を浮き彫りにする!

  • ★★★ Excellent!!!

 プロレスとは何か?というのをきちんと説明するのはなかなか難しい。ルール自体はしっかり存在する。だが、それと同時にプロレスにはいくつもの暗黙の了解がある。その結果、プロレスとは格闘技なのか、スポーツなのか、あるいは単なるパフォーマンスなのか、という単純な疑問に21世紀になっても明確な答えが出せないままなのだ。

 そんな中、本作品では高校生による高校生のためのプロレス機構「ハイスクール・プロレスリング協会」が存在する世界を舞台にして、「プロレスとは何か?」という問いに答えようとする。

 その中心となるのはマスク・ド・オークと呼ばれる覆面レスラー。強靭な肉体を持ちながらも、オークのような覆面を被り、セコンドにはエルフ姿の少女を従えている色物系。さらには相手の技を受けようとせず自分のやりたいことばかり押し付けるファイトスタイルで、しょっぱいレスラーだ。

 このオークと戦う対戦相手たち――プロレスを愛する正統派、元総合格闘家、コミカルな試合を好むお笑いレスラーの三名のそれぞれの視点から物語は語られ、タイプの違う彼らとオークのぶつかり合いを通して、作者はプロレスの魅力とその正体に迫ろうとする。

 果たしてプロレスとは純粋な力比べなのか、あるいはフェイクなのか、それとももっと別の何かなのか? 高校生プロレスという新しい概念を作り出して青春要素を加えつつも、プロレスが秘める怪しい部分にもしっかり触れる今までになかったプロレス小説だ。


(「拳で道を切り開く! 特殊格闘技小説!」4選/文=柿崎憲)

角界を駆け巡る狂気の一幕

  • ★★★ Excellent!!!

 WEB小説である意味一番大切なこと。それは「最初の一文でどれだけ読者を掴めるか?」

 そういう意味で本作の「「発狂用意」行司の声がそのように聞こえた」という書き出しは百点満点である。たったこれだけで読む人は間違いなく読む。

 そしてその後に描かれているのは相撲を題材にした狂気の一幕だ。

 突如角界に台頭した幕内下位の小兵力士・土根性。彼と取り組んだ力士はまわしをつかんだ瞬間膝をつき、敗北のショックに精神を蝕まれていく。その存在にただならぬ気配を感じ取った犬公方部屋の悪魔力士狩人(デビルハンター)たちは土根性の正体を調べようとするが、次々と土俵の上で命を散らしていく……どこを切り取ってもどうかしている。だが、これだ。これこそが読みたかったのだ……! 5000文字にも満たない短編だが、全編が狂気と悪ふざけに満ちた内容で、書き出しで惹きつけた読者を裏切らぬ内容に仕上がっている。

 またコメンタリー版という名の作者の注釈が入ったおまけも本編に輪をかけた悪ふざけっぷりで最高。本作の書き出しに興味を持った人はぜひ読んでみてほしい。その期待が裏切られることはないだろう。


(「拳で道を切り開く! 特殊格闘技小説!」4選/文=柿崎憲)