お外でないと仕事ができない病のわたくし、自主的電車出勤生活も一ヶ月を越え、すっかり時刻表に詳しくなりました。
 それを生かして通勤通学の時間になるべくかからないよう努めているのですが、意外な時間に混んでいたりして驚くことがあります。結局のところこれも思い込みが原因なのですよね。「この時間は空いているはずなのに!」、それは「こうでなければならない」という頑迷さに通じるものでもありましょう。老いつつあるわたくしであればこそ、「これ」と思い込むことなく、頭も心もやわらかに保って生きていきたいものです……と、一応は新年を迎えて思い定めたことが「これ」ですよ。なんだかこう、たまらないくらいに年波ってやつを思い知らされますねぇ。
 まあ、わたくしの絶望は気にせず、みなさまは今年も鮮やかな毎日をお進みくださいね。それではレビューのほう、行ってみましょうー。

ピックアップ

噛み合わないはずの凸凹が噛み合えば恋になる

  • ★★★ Excellent!!!

 社会人になった上原奈々子の身長は平均より少しだけ小さな155センチ。その「少しだけ」がコンプレックスで、だからこそパンプスを買う際に5センチヒールを選んでいる。そんな彼女がとあることをきっかけに、会社の後輩である鈴木太一と関わりを持った。彼の身長は195センチ、奈々子の手が絶対届かない先に悠々手が届く大男で……

 奈々子さんのコンプレックスには、誰しも経験がある「あと少しこうだったら」が押し詰まっています。そのささやかなのにみっしりと重たい悩みがあればこそ、太一さんとの出会いは鮮やかな深刻さを魅せてくれるのですよね。太一さんがまた開けっぴろげで一見ぞんざいなタイプなのでなおさらに。

 しかと定まったふたりの個性と人生的な経歴があるからこその、奈々子さんと太一さんの距離感の遠さがある。本作最大の魅力は、その遠い距離から近づいていくふたりの心情変化そのものなのですよね。

「あと少し」が転じてほろっと甘い最終話へ至る恋愛劇。もだもだ必至の一作ですよ!


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋 剛)

もう始まっているから、終わるまで食べて生きる。

  • ★★★ Excellent!!!

 突如発生した細胞壊死黒化病——人を映画に出てくるゾンビ然と変えてしまう通称ゾンビ病に世界が侵されて6年。病は今も得体が知れないまま、しかし着実に人々を蝕んでいた。そして女子高生のきらりもまた蝕まれつつあるひとりだ。すでにカウントダウンは始まっている。でも、昨日までと変わりない今日を生きるため、彼女は学校へ向かう。

 自分が終わるとなれば普通は自暴自棄になるものですよね。でもきらりさんは、すでにゾンビ化した両親や自身と同じくまだ人である友だちとできるだけ普通の暮らしを送ろうとがんばるのです。

 彼女も皆も、なぜそれができるのか? 全員が“これまでの生活”を保とうとしているからこそですよね。人はひとりで生きていけないもので、だから皆でいっしょにがんばる。そんな人々の強さがまぶしくて、でも端々に垣間見える破滅の影の色濃さが切なくて……作品全体にビターな叙情が匂い立つ。たまりませんよねぇ。

 キャラクターがいい。世界がいい。描写がいい。ぜひご一読を!


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋 剛)

枯れた浪人が負わされた重荷、その正体とは——?

  • ★★★ Excellent!!!

 浪人の身である赤井喜之助は、仕える主を得られぬまま力仕事で糊口を凌いでいた。が、ある日馴染みの口入れ屋から思わぬ話を持ちかけられる。剣の腕を生かしてご隠居の警護をしてほしい。気楽な仕事を聞いていたはずが、実際に雇い主である多古甚兵衛に付き添えば、なにやらきな臭い話が沸いて出て——喜之助は腕を振るうはめに陥るのだった。

 小さなきっかけが転がるにつれ、政治が絡んだ大きな事件へと膨れ上がっていく。この展開の妙には痺れるしかないのですが、それを支える描写の巧みさ、ここにこそ注目していただきたいです!

 説明を積むのでなく、何気ない文章の内に表される時代性。そしてそこで生きるキャラクターたちの、善悪ではなく立場の違いによって相対さなければならない必定と無情。これらによって織り成されるドラマはこの時代のその人々でなければ成り立たないものなのですよ。

 剣劇好きな方はもちろん、普段時代ものに触れておられない方もいっぱいにそのテイストを楽しめる江戸ならではの物語です!


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋 剛)

神は細部に宿り、リアリティは知識に宿る

  • ★★★ Excellent!!!

 創作者“Tempp @慌しい”が作品を書き上げるため調べあげた情報をエッセイ化。何気なく取り扱いがちな神社、その成り立ちや変革の流れ。そしてミイラを中心にした法医学的な「永久死体」について、思いきり深掘りしていく!

 神社ってあやかし系では今も必須な舞台なのに、「古びた」とか「うち捨てられた」くらいで濁しがちですよね。ミイラもまあ大体のイメージで認識するくらいが普通ですし。

 でも、「知らないから書けない」と「知っているけど書かない」はひとつの描写の厚みを大きく変えるものです。背景設定が曖昧なせいで物語そのものがぼやけてしまうこと、書き手の方なら一度くらいご経験がおありではないでしょうか?

 だからこそ「知識」は大切で、題材の成り立ちや公的な扱われ方までもをきゅっとまとめた本作はすばらしいのです。使うネタに責任を持ち、正しく扱うことは創作者の基本ですから。

 そんな基本を意識することのできる知識への扉。ずいと開いてみなさまもネタ集めに励んでいきましょう。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋 剛)