創作でしばしば目にするクトゥルフ神話。ホラー小説に出て来るだけならまだしも、SFやミステリー、ときにはゲームや特撮作品などにも顔を出したりと、幅広いジャンルに登場する奇妙な神話体系である。
当然カクヨム内でもクトゥルフを扱った作品は数多い。そこで今回はその中から和風ホラー、ミステリー、食レポ(!)というクトゥルフ神話の多彩さが伝わる作品群を紹介しよう。「そんな特集をされてもクトゥルフとか良く知らないし……」という読者のために、わかりやすくクトゥルフを紹介してくれるエッセイもご紹介。クトゥルフファンからクトゥルフのことを良く知らない初心者まできっと楽しめること請け合いだ!

ピックアップ

クトゥルフ神話に興味を持った貴方に最適な入門編!

  • ★★★ Excellent!!!

クトゥルフ神話というのは知名度が高い割に妙にとっつきづらい。とりあえず開祖であるラブクラフトの作品を読めばいいのかと思い、素直に『ラブクラフト全集』1巻を手に取った結果、妙に読みづらかったり、クトゥルフと関係あるのかないのかよくわからない鼠の話を読まされたりして、挫折してしまうというのは有りがちなケースである。

クトゥルフに興味はある。けれど、もうちょっと簡単なところから触れていきたい……そんな貴方におススメしたいのが、こちらである。

前半ではクトゥルフ神話に出て来る有名な邪神やその眷属などをわかりやすくキャッチーにご紹介。名前は何となく聞いたことがあるけど、具体的にどんな生態なのかはよくわからないという人にぴったりである。解説された邪神がどんな作品に登場しているのか紹介してくれているのも嬉しい。

また後半となる二学期目では、それまでの邪神紹介に加えて、クトゥルフ神話に関する作者独自の調査方法、クトゥルフ神話が登場するオススメの小説やマンガ、関連本など主流のジャンルの作品紹介、さらには人気ソシャゲ(ウマが緑川光の声で喋るやつ)やTRPGなど周辺のジャンルで扱われているクトゥルフネタを解説するなど、かゆいところまで手が届く内容となっている。

クトゥルフに興味があるけど、どこから触れていいのかわからない人には是非一読してもらいたい解説集だ。


(「カクヨムで読める冒涜的なクトゥルフ特集」4選/文=柿崎 憲)

冒涜的な事件の裏には名状しがたい何かが潜んでいる

  • ★★★ Excellent!!!

服を全て脱がされて全身を焼かれた奇妙な焼死体、ゴミ屋敷の庭に突如出現した死体、家族を他人と勘違いして殺してしまった男……、所轄署の刑事・久遠久の周りでは奇怪な事件が次々と起きる。

そして常人では解決できそうもないこうした事件に決まって顔を出すのが、警視庁の警視であり、信仰問題管理室に所属する降三世明である……あまりにも怪しい部署だ。
そしてこの降三世、事件の解決や犯人捜しには全く興味が無い。彼が興味を示すのはただ一つ、事件の裏にとある“信仰”が関わっているかどうかだけなのだ……。

というわけで所轄の刑事と警視庁のキャリアがコンビを組むという警察ものではお馴染みのバディものの本作品。前門の怪奇事件、後門の変人警視に挟まれて、久遠刑事が右往左往する様子が面白い。

また、本作では毎回事件の裏に特定の信仰が関わっているのだが、実は事件の謎を解くためにはそうした知識を直接必要としていないのが大きな特徴。最初は普通の推理で事件の謎を解く。しかし、その事件の裏には通常のミステリーではありえないこの作品ならではの秘密が隠されているという二段重ねの構成が楽しい。


(「カクヨムで読める冒涜的なクトゥルフ特集」4選/文=柿崎 憲)

思わず死にそうになる食レポがここに!

  • ★★★ Excellent!!!

駆け出しのライターである麓郎は原稿を書きあげれば慰労の意味を込めて酒とつまみを買ってきて祝杯を挙げ、仕事でヘマをすれば酒とつまみを買って憂さ晴らしのヤケ酒をする。そしてどちらのケースでも麓郎が利用するコンビニが、クトゥルフお母さんが働くルリエーマート……うーん、既にろくな予感がしない。

この麓郎、毎回イカ焼きや山羊のチーズなど怪しいものを買ってきては食レポをするのだが、ライターを職業にしているだけあって食レポが非常に上手いのである。描写がいちいち丁寧で、コンビニグルメという身近な題材だけあってその味や食感が自然と伝わってきてついつい読んでいるこちらまでお腹が減ってしまう。そしてその巧みな語り口を維持したまま、食後の自身の身体に起きている異変を詳細に伝えて無惨に死んでいく……。例外はない。

毎回とても美味そうな食レポのあとに、神話生物によるグロテスクな人体損壊描写という死にレポが続くせいで、読み終わった後、どんな顔をすればいいのかわからなくなってしまう短編集。

この奇妙な作品に関して言えることは一つ、毎回麓郎にオススメ商品を教えてくれるクトゥルフお母さんが妙に可愛らしいということだけだ。


(「カクヨムで読める冒涜的なクトゥルフ特集」4選/文=柿崎 憲)

和風ホラー×明治時代×クトゥルフ神話!

  • ★★★ Excellent!!!

文明開化が起こり人々の暮らしが徐々に変わっていた明治の時代。本作はそんな時代を舞台にしたホラー小説だ。

風土病で母を亡くした「私」は大学で6年間医学を学ぶと、師の高倉先生と共に故郷に戻り、村に蔓延する死病を調査しようとする。しかし、調査をするうちにこれが通常の病気ではないと明らかになり、やがて「私」と先生は村に言い伝えられる神との対決を余儀なくされる……。

非常に雰囲気作りが上手い作品で、近代的な考えを村に持ち込もうとする「私」や先生、古い因習から逃れられぬ村人たち、そして『私』や先生とは全く別の視点から病の正体を探る男、馬渕。この3つの視点を通じて、古き因習が科学によって塗り替えられようとする時代を上手く描き出している。

また本作はクトゥルフ神話に登場する怪異を和風ホラーにアレンジしたものなのだが、別にクトゥルフを知らなくても和風ホラーとして楽しむことができる一方で、クトゥルフ神話の知識があれば作中で描かれる怪異の正体に察しがつくなど、クトゥルフ神話の要素を巧みに作品へ落とし込む手つきにも注目したい。


(「カクヨムで読める冒涜的なクトゥルフ特集」4選/文=柿崎 憲)