予定ではこれが私の最後のレビューである。いつも好き勝手な基準で作品を選ばせてもらっており今回もそういう形を貫いたが、今回は特に小説やジャンルの原理を考えながら選んだ。「うちのクラスに勇者がいる。」にはラブコメの原理を、「空の箱庭」「彼方からの臭気」には読者の精神を変容させる言葉のアートとしての小説の原理を、「ちょっくら離婚調停いってきます」には事実を題材にしつつもそれを小説にしてしまう文体の原理を、それぞれ噛み締めながら読んだ。前のレビューでも述べた「読書とは旅」的な発想と、この読み方はリンクしている。もちろん、小説には次の段階もあって、不健康な感情移入をどう食い止めるかとか、何かを表現せずにはいられない記号としての言葉をどう解放するか、とか色々ある。そういった様々な可能性との出会いをカクヨムは用意してくれているので、読者のみなさんも飽くことのない探究心でぜひ旅を続けて頂きたい。編集部にはご迷惑のかけ通しで大変お世話になりました。万が一またやっていたらご愛嬌である。それではまた会う日まで。

ピックアップ

結婚出産調停離婚、そして私は自由になった――

  • ★★★ Excellent!!!

なぜか出産と同時に失踪した夫との、泥沼化した離婚調停事件について描いた小説(とあえて言う)。

事実は小説より奇なりとは言ったものだが、重要なのはどれほど突飛な話かというよりも現場の臨場感であり、本作にはそれが実によく表現されている。
内容的には、失踪に端を発する様々な問題を調査していくうちに、あれよあれよとやばい事実・出来事が明るみに出るところが眼目であるが、私が本作最大の魅力であり特徴と考えるのは何と言っても文体である。

本作は一応自分の体験記なはずなのだが、起きた出来事がそのまま羅列されているというよりも、自分の中で、整理・圧縮・再配置された上で、極めて疾走感のある独自の語り口で描かれ、そして終わっているというところが実に素晴らしい。
つらい境遇に置かれ、陶酔的な話しぶりになってもおかしくない状態であるはずなのに、この作品は非常に客観的に描かれている。舞城王太郎の『阿修羅ガール』を彷彿とさせた。
普通の人はあまり縁がないだろう調停のシーンを社会科見学的に楽しむこともできる。お勧めである。

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=村上裕一)

足元に渦巻く瘴気の臭いが、平凡な日常を塗り替える――

  • ★★★ Excellent!!!

今のところ、タイトル以外に情報がない非常にミステリアスな本作だが、「彼方から」という言葉がまとう匂いによってなんとなく察知してしまう人もいるだろう。
これはクトゥルーである。

とはいえ、それを知っているかどうかは作品を味読する上ではあまり関係ない。
敏感な嗅覚を持ち、名前が匂いと絡んでいるためそれをコンプレックスに思っている女性・樋口香織を中心に描かれる不気味な日常描写が目玉だ。

舞台となるある工場に務める人々が、部長に対しての恨みを晴らすべく、裏で異形の存在を召喚する呪いに手を染めていたというのがストーリーラインだが、その呪いに巻き込まれてしまった香織の狼狽や精神の失調が、塩素剤や煙草、冷房の止まった工場のむせるような湿気や腐敗臭の描写とともに調理され、崩壊への調べを奏でている。

実は香織の嗅覚ではなく、異形の存在の異臭こそが問題だったわけだ。
また、無機物の叙述など情景描写にも卓越したものがあり、ただ読んでいるだけで、言葉によって少しずつ狂っていく世界を読者は共有させられてしまう。力作である。

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=村上裕一)

最近、クラスの女の子から『この魔族め!』って聖剣を向けられてるんだよね

  • ★★★ Excellent!!!

近代日本においてラブコメというジャンルを形成する上で大きな役割を果たしたのは『うる星やつら』だが、これに従って考え直してみると、ラブコメとはラブが成就するまでの過程をコメディによって耐えるジャンルだと言える。

そう考えると、主人公とヒロインの間に対立があって、その二者の関係性を埋め、いつしか恋愛として成就させる物語としての喜劇性が、高ければ高いほどラブコメは上質化すると想定できる。

果たして本作の場合、舞台は現代日本の高校であるが、なぜか主人公の朝野は魔王で、ヒロインの三奈野は勇者であるという。
勇者と魔王といえばくっつくものだという間違った常識がまかり通っている昨今だが、普通はくっつかないものがくっつくだけの物語というものにはまさに強度が必要なはず。

そもそも普通の高校生である彼ら彼女らがそういう存在であることを知らされる過程もかなりとぼけた展開で特に朝野の両親が曲者なのだが、いずれにせよ単純に学園コメディとして面白く、こういう冗長性こそがラブコメのクオリティの根幹なのだと改めて知らされる良作である。

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=村上裕一)