あけおめことよろ。「カクヨム金の卵」である。前回同様だがとにかく母数が多い。その中から4本となると普通の新人賞ならデビューの確率だ。そこで今回はタイトルとキャッチコピーから何分の一かに選り分けるところから始めた。次回はこのネタを使わないようにしたい。さて今回は(1)「異世界辺境経営記」(2)「今日もまた俺は彼女に思考を読まれている」(3)「ナナオちゃんは女の子が好き」(4)「評論:書評・映画・音楽・その他」を取り上げた。一部謎のタイトルがあるように見えるがそういうこともある。特に内容上の共通点はないが、広がりうる作品たちだ。(1)は本格経営ファンタジーで、金を稼ぐというのはこういう頭の使い方なのかということを味わえる。(2)は心が読める彼女が自分の傍にいたがるというところがまず最初のファンタジー。(3)は二人で性転換。バディだとまた新味がある。(4)はアメリカ在住の作者のエッセー。好きなものについてのしなやかな語りが、文章を作品に昇華させるのだという一つの実例を味わうことができる。
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現代の異世界ファンタジーにとって経営・経済はすっかり主要なテーマの一つだ。
本作は転生者のフェリックス少年が若くして経営学・帝王学を実践していく様子を描く。それにしてもこれほど徹底している作品は驚きだった。
貨幣換算が可能になっているからとも言えるが、私たちの社会はとにかく生きていくためにも働くためにも経費がかかる。
それだけではなく、家柄の問題や趣味嗜好の問題、行動経済学や政治的側面も商売の成功のためには当然考慮しなければならないが、実際にそこまで気を使うのは難しい。
それを乗り越えていく様は痛快だが、それと同時に、人間社会は――
作品としては貴族社会だが――ここまで様々なしがらみに縛られているのかと嘆息する。
しかし、まさにこういう描写こそがリアリズムなのであって、読み心地には本格歴史小説の風味も感じられる。
湿地に優位なマルイモを生産させることで、主要な作物である小麦の税率が上がり、農民の実質所得も二倍になった。
こういう触れ込みにピンと来た読者は、ぜひ、これからの更新を楽しみにしてもらいたい。
(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=村上裕一)
心の声が聞こえてしまう女子・如月と、やたら心の中の独り言が多い男子・北斗の高校生ペアが織りなす日常の物語。
心の声絡みの特殊能力は目新しくないが、こと小説というメディアにおいては独特の位置づけになる。たとえば一人称が話者の"心の声"が全て筒抜けであるような文体である一方で、三人称は神の視点とも言われ、しばしば複数の作中人物に成り代わりその心中を代弁するものだから、まさに神の所業である。
これで調子に乗ってあらゆる人物の心境を説明されると作品にならないのだが、うまく利用すると叙述トリックにもできる。
本作ではトリックが駆使されてはいないが、他の人の心の声に脅かされないようにするために、如月が北斗のそばにぴったりと張り付いているという形で必然性が演出されている。
このことで二人だけの会話で進行することも正当化され、付随的に二人だけの世界が展開する。
能力はファンタジーというよりはラブコメのための舞台装置であった。月並みだが、この能力を逆手に取った駆け引きの展開を期待する次第。
(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=村上裕一)
評論ジャンルの「評論」というタイトルの作品を取り上げるのはある種滑稽だが、内容は評論というよりはエッセー、エッセーよりかはブログ、ブログよりかは私小説といったもの。
語り口に悩んでいるところもあるが、いったん話し始めると饒舌でみずみずしく、作者の思考と記憶の世界を味わうことができる。
文体だけで作品を評価しがちな私だが、この文章を読んでいると、新しい酒には新しい革袋、ではないが、よき経験(内容)こそがよき文体を呼ぶという感じもしてくる。
作者は映画をきっかけに英語を勉強しだし、今はアメリカで結婚し生活しているとのこと。
それからパンセクシャルのポリアモリーで、上司をきっかけに知ったエリオット・スミスという歌手に耽溺していた。
そういったことについて語りたいという気持ちが文章を成立させているが、この衝動は尊く感じる。
とはいえ、おそらくこの経験自体は、彼女にとっては日常の蓄積でしかないはずで、だとすれば物語とは、やはり語り方と、語りへの情熱によって生まれるものなのだろうと、結局のように思わされた。
(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=村上裕一)