第3話 影に見つめられる研究室

夜は静かに更けていた。

アキラの研究室は、月明かりに照らされ、まるで冷たい舞台のように沈黙していた。


椅子に座った彼は、まるで蝋人形のようだった。

呼吸も浅く、血色も失せ、だがその口元は不気味に歪んでいる。

虚ろな瞳は天井でも壁でもなく――誰も見ることのできない『古の都市』を見つめていた。


(アキラ……? どこを見ているんだ……)


数日後。研究室を訪れた同僚たちが、その姿を見つけた。


「……嘘だろ、これ」

「アキラ? おい、しっかりしろ!」


マコトが駆け寄る。だがアキラの瞳は虚空を見つめ、手には古びたカメラを握りしめていた。


「離せ……!」

咄嗟に声が漏れる。だが、それはマコトのものではなく、アキラが最後に残した声の残響だった。同僚たちは顔を見合わせ、恐る恐るカメラを取り上げた。


「……こんなモノ、ただの骨董品じゃないな」

「やめろ、触るな!」とマコトが制止したが、遅かった。


一人がファインダーを覗き込んでしまったのだ。


「……な、なんだこれ……」彼の声は震えていた。


ファインダーの奥には、アキラが研究していた遺跡――だが現実には存在しない姿があった。祭壇、刻まれた文字、そして……無数の影が蠢いていた。


「……影が、こっちを……見てる」

「バカ言うな」

「いや、本当だ! 目が合ったんだ!」


空気が一気に冷え込み、研究室の蛍光灯がチカチカと点滅する。

その時、マコトが引き出しの中から一冊のノートを見つけた。


そこには、アキラの筆跡が乱れた文字で走り書きされていた。


――私は見た。真実を見た。

――このカメラは扉だ。彼らの世界と、我々の世界を結ぶ。

――私の魂はもう帰れない。


そして最後の行には、異様に力強く刻まれていた。


――このカメラは、決して手放すな。持った瞬間から、それはお前の一部になる。


「……嘘だろ」

マコトの手からノートが滑り落ちた。


同僚の一人が震える声で囁く。

「なぁ……俺たち、見ちゃったよな。これを……」

「やめろ……口にするな……!」

「でも、もう遅い。俺たちも……奴らに気づかれたんだ」


窓の外の闇がざわめいた。

目には見えないはずの影が、研究室の中に忍び込み、誰かの耳に囁いた。


――見ているぞ。

――次は、お前だ。


マコトは、床に落ちたノートと、震える手の中のカメラを交互に見つめた。彼はこの夜、アキラの運命を背負うことを選んだのか、それとも抵抗するのか――


その夜から、大学の研究室に「古のもの」の視覚が侵入し始めた。

そして、抗いがたい好奇心に取り憑かれた彼らは、知らず知らずのうちに、アキラと同じ渦へと足を踏み入れていく。


朽ちたカメラは、今日もまた、新たな持ち主を選び続けている。

太古の記憶は、静かに、しかし確実に――現代を侵食していくのだ。



「朽ちたカメラと古の記憶」 完

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クトゥルフ短編集06 俺は見てしまった――シャッターの向こうに潜むモノ NOFKI&NOFU @NOFKI

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