ガンバレ! しんぞうくん!(2)
どこの臓器にも、動かすためのブレーカーに似たスイッチがある。常に一部は消え、一部は稼働して、そのバランスをうまくとって心臓を動かしている。
一般的には、交感神経やら副交感神経と呼ばれているが、それでは連絡方法の分け方が大きすぎ使いにくく、細かいバランスを取るには難しいということもあり、もうひと段階、αやβといった名前が付けられていた。
そのブレーカーは、大抵の器官が同じタイプのブレーカーを使っている。
それでも、ここ、心臓のように慌てて止める必要があるところは、あまりないだろうが。
「せ、セーフ……」
息も絶え絶えに、機械のような外見をした心臓区画の小人たちは、ブレーカーのβ1と書かれたプレートの下のつまみを、洗濯バサミで下の出っ張っている板と共に挟んでいた。
洗濯バサミは、留め金で、絶対に消していないといけない時や、絶対に上げていないといけない時に使うものだ。
主に使われるのは、絶対に稼働させてはいけない時。稼働すれば、心臓が動きすぎ、酸欠を引き起こすことになり、心筋梗塞を引き起こす原因でもある。
「主は、もう少し体力つけてほしい、デス……」
運動すれば、自然と心拍数は上がる。それを抑えるのも、これの役目だ。
「ま、まぁ、シンゾーさんが怒るよりは、マシだと、思いマショ」
脳と喧嘩して、心拍数が跳ね上がる時に滑り込むよりは、前兆があるだけずっとマシだ。脳と心臓の喧嘩は、ここで見ている時ならばいいが、血管を探しにいった先などの小人が誰も見ていない場所で怒ると、少し手遅れだったりすると気がある。
小人が頷きながら、役目を終えた洗濯バサミの数を確認していると、数が足りない。
「アレ?」
「使ってる分、ちゃんと入れタ?」
もう一度、確認して、今度は使ってる分も指を指して数を確認する。
「…………1個足りナイ」
紛失はよくない。壊れたや廃棄したと、はっきりしているなら問題はないが、この洗濯バサミは見た目に反して、とても危険なものでもある。
辺りを探すが、どこにも見当たらない。
「シンゾーさんに報告してクル!」
慌てて心臓に報告しようと一人が走っていったが、心臓は見つからない。先程までは、確かに近くにいたというのに。
「ん……? 近く……?」
そうだ。洗濯バサミでつまみを止めた時、確かに後ろにいた。
「アーーー!!!」
ほとんど、どこの器官も使っているブレーカーは同じなのだ。
***
肺は小人たちに、心臓が来ていたと言われ、珍しいこともあるものだと、心臓がいたという場所に向かったが、そこに心臓はいなかった。
「血管さんは、来てないよな。血液も、今は肝臓のところだし……なんのようだったんだ?」
先程、主が運動したこともあって、酸素でも足りないのかとも思ったが、すでに供給はした。問題はないはずだ。
しかし、いくら悩んだところで、心臓がいないのでは話にならない。肺が諦めて帰ろうと思った矢先、うずくまる男の後ろ姿を見つけた。
「……心臓?」
何をしているのかとのぞき込んでみれば、あったのは気管のブレーカー。肺が管理を兼任しているため、気管のブレーカーも肺区画に置いてある。これもまた、オーソドックスなもので、心臓と同じようにαとβのプレートがつけられている。
そして、β2のつまみをオフの部分で挟もうとしている、暗い目をした心臓。
「――ッ!?」
気遣いなんて、あったもんじゃない。
心臓の襟を力いっぱい掴むと、後ろに投げ飛ばす。転がった心臓を、上から押さえつけながら、その手に持っている恐ろしい洗濯バサミを弾き飛ばした。
「離せ! 離してくれ!」
「離すかっ! バカ!」
「俺は、もう……!! 終わりにしても、いいじゃないか!」
「ダメに決まってるだろ!」
さすがに臓器同士、抑え込むのは一人でもできた。できなければ、今頃、大惨事だ。
「肺さん? 今の音、なんで――えぇぇえ!?」
物音に気がつきやってきた小人が、肺と心臓の状況に、もはや叫ぶしかなかった。意味が分からない。
「ちょうどよかった! それ、回収してくれ!」
だが、肺にそう言われ、心臓の手元に転がる洗濯バサミを見て、さっと青ざめると、素早く洗濯バサミを奪い取り、心臓から離れた。
「返してくれ……! それは、それで、終わりに……!」
「ダメだ! というか、そのネガティブな行動力はなんなんだ!?」
メンタルが弱いことよりも、メンタルが破壊されたあとに起こす、本当に危ない行動に呆れるほかなかった。まだやる気がでないと、寝ていてもらった方がマシだ。
普段、真面目な人ほど、ハメを外すと危ないというのは、本当かもしれない。
「うぅ……」
どうやら、もう取り返せないと察したらしく、心臓はうなだれた。ようやく、肺も警戒しながら心臓から手を離すと、傍らに座る。
確かにブレーカーは同じものを使っている。だが、それによって起きることは臓器によって異なる。同じ電気を使うにしても、掃除機と冷蔵庫では用途が違う。それは、臓器でも同じだ。
心臓にとって、2種類あるβのブレーカーの内、β1のブレーカーを止めることは、突然心臓が強く動き出すのを止めるためのものだ。しかし、肺ではβのブレーカーを止めるということは、気管を広がらないようにするためのものだ。
気管は、空気の通り道で広がらなければ、もちろん空気は通りにくくなる。普通の人なら、それくらいで済むのだが、主は喘息を患っていた。
喘息は、気管が炎症で腫れて、空気の通り道が細くなる。それに加えて、洗濯バサミで止めてしまった日には、空気はまず通らない。つまり、窒息。
「……」
そんなわけで、肺にはβブレーカーを抑えるための洗濯バサミを用意していないのだが、心臓にとっては生きるために重要な道具。しっかりと管理した上で持っているわけだが、たまに今のような自殺未遂が行われようとする。
肺からしてみれば、直接巻き込まれる分、膵臓の移植されたいと脳を襲う計画を立てるよりもずっと危険な行為だ。
「ヒィッ!」
その頃、肺にやってきた心臓区画の小人に、肺区画の小人がバリケードを作って、一人を守っていた。すぐに全てを察した心臓の小人は、全力で頭を下げた。
「シンゾーさん!」
「お前ら……」
「やっぱり、ここダッタ!」
β用の洗濯バサミがひとつ足りず、心臓がいないとなれば、最悪のパターンを考え、慌ててきたのだが、どうやら肺が止めてくれたらしい。
「ホラ、帰りマショ?」
「……やっぱり」
「ダメです!」
どうやら、まだメンタルは回復はしていないらしい。
「少し高くなってもいいから、β1しか抑えられないのを買うか……?」
そもそもβ用のものが、β1も2も抑えられるのが問題なのだ。β1しか抑えられなければ、このような事態にならないはずだ。肺の提案に、心臓の小人も頷くが、ただひとり、心臓だけが首を横に振った。
「ひとつだけでいいから、俺のところに――」
「肺サン、申請お願いシマス! サインだけならさせマス!」
「お、おぉ」
小人の気迫に頷いた肺に、小人も心臓を半ば引きずりながら、肺区画から出ていった。帰ったら、洗濯バサミには鍵をかけて、心臓はしばらく縄で縛っておこうと考えながら。
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