ガンバレ!ないぞうさん!

廿楽 亜久

ガンバレ! すいぞうちゃん!

 かつて、食べ物がなく、飢餓に苦しんでいる頃、ランゲルハンス島のα区は大忙しだった。

 生きるためにはエネルギーが必要だ。そのため、エネルギーは体の至るところに蓄えられている。その蓄えられたエネルギーを取り出すための鍵となる、グルカゴンを作り出していたのが、α区だ。

 毎日、作っては消費され、作っては消費され、それでも作り続けていた。それこそ、手を止めた瞬間が、世界の終わりと同意義であったから。


「…………」


 しかし、この飽食の時代、糖をつくる必要のないα区は、ただのニートだ。


「朝だぞ。起きろ」

「う゛っ……」


 容赦なく、気持ちよさげに寝ていたα区の小人を蹴ったのは、この辺一帯を治める膵臓だ。


「ら、乱暴……! 昔はあんなに優しかったのに……!」


 そりゃ、24時間年中無休、文字通り死ぬまで働き続けていたら、誰だって優しくもしたくなる。

 ただそれは過去の話だ。今は今。


「ぐーたら野郎に優しくする必要ないだろ」

「だったら、働く?」


 別にいいよ? と、起き上がると、腕を回し始める小人。


「ひさびさに、肝臓の後頭部にレーザービーム撃つぞー!」


 かつて、忙しいこともあったのだろうが、グルカゴンの渡し方が乱雑に、しかし届ける場所だけは正確に投げ渡し、しかも結構な速度だったためか、いつからかレーザービームと呼ばれるようになっていた。

 本人もその呼び名は気に入っているらしく、妙に意気込んでいる小人に、膵臓は、なんとも言えない表情を作ると、


「いや、今はいい……」


 今、働いて欲しいのは、別のやつだ。


「え? そう?」


 はっきりと働かなくていいと言われたからか、また堂々と幸せそうに横になって伸びをしている小人に、膵臓も困ったように頭をかきながら見下ろすものの、実際、今働かれても困るのは事実だった。

 いびきをかいて寝ていないだけマシだと思い込み、戻るかと思っていた矢先、飛び込んできた小人。


「膵臓さん!! またβ区の奴らが……!!」

「……」


 足元で「きゃーこわーい」なんて声が聞こえてくるが、気にしている余裕はない。

 β区は、まさに飽食のこの時代に重要な糖を蓄えることで、血糖値を下げるホルモン、インスリンを生成する区画である。昔は、あまり必要とされていなかったせいか、仕事をする習慣がないに等しい。


「労基を守れーー!!」


 だからか、よくストライキを起こす。


「αも働けェ!」

「不平等だァ!」


 各々が文句を書いたプレートを持っては、叫んでいる。もはや、日常といっても過言ではないほど、毎日起きるβ区のストライキ。

 膵臓の後ろにいた小人が、青い顔をしながら膵臓のことを覗き見ては、自分の持ち場へ逃げていった。膵臓は、一度深呼吸すると、設置された血糖値のパネルを確認する。菓子でも食べたのか、血糖値が上がり始めている。


「……」

「糖質0なんて、え゛……ッ!?」


 『私のインスリンはもう0よ』と書かれたパネルを持った小人の頭を掴むと、何も言わずに雑巾のように、その小人を文字通り

 くぐもった悲鳴を上げながら、絞られる小人からはボタボタと滴が落ちる。そのまま、しばらく小人から滴が落ちなくなるまで絞り切ると、膵臓はようやく腕から力を抜き、その小人をその場に落とす。


「あと1匹くらい絞れば……」


 仲間の干からびた姿と先程の悲鳴に、他の小人は悲鳴を上げながら脱兎のごとく持ち場に戻っていった。


「わひゃぁ……」


 その声に、何かと膵臓が振り返れば、ミルクチョコのような髪を持ったパーカーを着た少年が、こちらを覗き見ていた。


「肝臓?」


 彼は肝臓の一帯を収めている少年だった。


「お前、なんでここにいるんだ? 仕事は?」

「シップちゃんがやってるー僕はヒマだから遊びに来たら、魔王がいたー」

「魔王って……毎回これだけやってるのに、1日1回ストライキ起こすんだぞ。こいつら」

「根性あるねー」


 げっそりとする膵臓とは、真逆に肝臓は楽しげに笑う。そして、思い出したように、後ろの干からびて動かない小人を心配すれば、その内、回復すると、冷たい言葉が返ってきた。


「とりあえず、私も忙しいから、ヒマつぶしなら肺のところにでも行ってくれ」

「はーい」


 元気な返事と共に、肺の元に行こうとする肝臓だったが、ふと足を止めると、


「心臓ちゃんのとこ、いこっか!」

「やめろ! バカ!」

「え? なんで?」


 心臓なら、消化にそれほど関わらない。遊びに行っても、他よりも邪魔にはならないはずだ。


「お前が行くと、あいつのメンタルすぐに崩壊するんだよ!」


 能天気な肝臓と会うと、働き詰めの自分が嫌になるらしく、ついその働く手を止めてくなるそうだ。無論、そんなことをされては困るので、異変を感じた瞬間、心臓へ殴り込みまがいのことをしたことは、一度や二度ではない。


「とにかく、私は死ぬのはゴメンだ。どうせ殺すなら、心臓じゃなくて脳の奴を殺してくれ」

「膵臓ちゃん、目がマジだよ……というか、イヤだよ。僕は移植されないかもしれないんだよ? 状態悪すぎて」

「知るか。自業自得みたいなもんだろ」

「ま、いーや。大人しく、肺ちゃんのとこ行ってくる」


 そういって、ようやく肺の元に向かった肝臓に、息をついていると、無意識の内にもれた、


「移植されたい……」


 という言葉。もはや、口癖ともいえる言葉だ。ポンッと優しく背中を叩く感覚に、振り返ってみればα区の小人だった。


「がんばってるね。スイちゃん」


 優しく背中を撫でられる感触に、色々こみ上げてきて、顔をそらした。


「ごめん……その、今、優しくしないで……」

「……わかった」


 小人は撫でる手を止めると、自分の元いるべき場所に戻ろうと踵を返し、


「じゃあ、私はぐーたらしてるね!」


 元気よく帰っていった。

 

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