ガンバレ? かんぞうくん!

 壊す音、溶接する音、溶かす音。色々な音が、部屋いっぱいに響いていた。


「ガンバレ! ガンバレ! ファーイト!」


 そんな小人たちが、必死に走り回る中、椅子に座りながら声をかけるのは、ミルクチョコのような髪を持った少年。見た目に似合わず、この辺一帯を治める肝臓である。

 肝臓は、持っていたメガホンを降ろすと、困ったように眉をひそめた。


「なんか応援にも飽きたなぁ……」

「アンタはな!」


 だらけ始めた肝臓を叱咤したのは、部下の1人でもあるシップ。


「だって、シップちゃんが全部やってくれるしーなんでも出来る子じゃん。シップちゃん」

「なんでもはできないですからね。というか、アンタが働かないから、そんな甘ったるそうな色になったんだろ!」

「僕のせいじゃないよ! コレは、主のせい」


 昔は、ビターチョコのような髪だったはずなのに、今やとても甘そうなミルクチョコのような髪になってしまった。見事なまでの脂肪肝だ。


「間食が多過ぎるんだよねぇ。ま、僕もお溢れもらってるけど」

「だからァ!!」

「昼間だからお酒は控えてるから、大丈夫だって」

「そういう問題じゃない!」


 またひとつ、お菓子をつまんでいる肝臓に、シップが頭を抱え始めるが、ふと床に落ちている手紙を手にとってみれば、そこには犯行予告のような新聞の切り抜きで作られた文章が書かれていた。


『これ以上、右腎を虐めるようなら、お前を切り取る』


 恐ろしい脅迫文だ。しかし、その切り取られそうになっている本人は、他人事のようにお菓子を食べ続けている。


「コラァ!! 他人事じゃないだろォ!?」


 椅子から蹴り落とせば、いつもフードの中にいるよくわからない生き物も一緒に転がったが、ここにそれを気にする人は誰もいなかった。


「な、なに?」

「お前の切り取られかけてんだぞ!?」

「え、別に少しくらい切り取られても平気だよ?」

「…………」


 確かに平気ではあるだろうが、そういう問題ではない。ここ数年、毎月のように行われている『主のヘルスケア会議』はまた難航するだろうと、数日先のことを思うと、頭が痛くなってくる。

 シップが頭を抱えていると、肝臓は慌てた様子でフードの中を確認すると、床を這いつくばり何かを探し始めた。


「どうかしたんですか?」

「いないの」

「いない? 何がです?」

「胆のうちゃん。いつもフードに入ってるのに……」


 いつも肝臓のフードになにか入ってるのは、もちろん知っている。小人のような大きな目が特徴の小人たちの中で、妙に怖いだの、あれに見つめられたくないだの、肝試しはあれを投げつければ十分だのと言われている、なにかがいつも入っていた。


「って、某おやじみたいなアレ、胆のうだったの!?」

「そーだよー? おーい、胆のうやーい!」


 四つん這いになって探している肝臓の背中に、必死に登ってくる何かがいた。

 腕をプルプルとさせ、必死に登る小人みたいなそいつ。


「胆のういたァ!!」


 本当に嬉しそうに喜んでいる肝臓に、シップを少し安心する。先程まで、一部分切り取られようと構わないと言ってはいたが、実際、いつも一緒にいた胆のうがいなくなるだけでアレだけ慌てるのだ。本当の気持ちは違うのかもしれない。


「え? あ、もうそんな時間か」


 なにか言葉を発したようには見えないが、胆のうが少し手足を動かすと、肝臓が『ダスト』と書かれた管に胆のうを運ぶと、胆のうはその縁を掴み、頭を管の中にいれた。


「……アレ、ゴミ箱じゃないんですか?」

「総胆管だよ。胆のうちゃんが、胆汁吐き出す場所」


 背中しか見えないが、その小さな体の震えと音が、明らかに嘔吐していた。背中しか見えないのが本当に幸いだ。


「汚ェ……なんか他に方法ないんですか……?」

「方法? 膵臓ちゃんがやってるみたいに絞るとか?」

「……」


 それは少しかわいそうだ。

 さすがに直視は出来ず、目を逸らせば、カランカランと聞き覚えのある音が管から響いてきた。仕事中にたまに鳴っている音だ。

 これが鳴る原因は胆石で、詰まると炎症にもなるから、この音が鳴ったら、とにかく音の原因と場所を探るというのが肝臓で働く小人の、当たり前の行動なのだが、


「……」


 この音を鳴らしたであろう張本人はまったく気にすることなく、役目は果たしたと、肝臓のフードに戻っていく。

 過去に胆石の音が明らかにしたのに、見つからなかった時があった。おそらく、それも胆のうこいつが原因だったのだろう。そして、そういう場合、決まって、すぐに肝臓の携帯が鳴る。


ピリリリリリリ……


 案の定、鳴り始めた肝臓の携帯。その先の展開は、もうよく知っている。

 シップが耳をふさいだのと同時に、肝臓が電話を取った。


『だから、胆石流すんじゃないって言ってるだろォ!!』

「わひゃー……」


 膵臓だ。排出口までの管が、途中で肝臓と合流し一つになるため、胆石が詰まると、自然と膵臓の管も詰まることになり、出したはずの消化液、つまり膵液と胆汁が逆流してくるのだ。


『いいから、とっとと回収しに――』


 不自然に切れた膵臓の声に、肝臓が目を向ければ、胆のうが通話ボタンを押して、切っていた。



***



「回収してきましたー」

「当たり前だ」


 放っておくわけにもいかず、吐き出した胆石の回収をすれば、膵臓がいつも以上に疲れた顔をしていた。


「ホント、お前と別の管使えないかな……」

「それは、神様にでもお願いしてもらわないと……」


 無理なものは無理だ。


「というか、ペットのめんどうくらい、ちゃんと見ろよ」


 容赦ない膵臓に、小人たちもなんとも言えない表情で、肝臓のことを見るが、怒った様子はない。同じ器官で、いつも仲良く一緒にいるのだから、少しは怒るかなにかしそうなものだが、肝臓は笑っていた。


「ちがうって。胆のうちゃんは、ペットじゃなくて


 もはや何も言うまいと、膵臓は何も言わずに、持ち場に戻ったのだった。

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