ガンバレ! はいくん!
「肺ちゃーん!」
元気な声が肺いっぱいに広がる。聞きなれた声に、肺も顔を上げると、その声のする方へ向いた。
「肝臓か。また遊びに来たのか?」
「うん。胆のうちゃんも、ここ好きだし」
そういって、いつもフードの中にいる胆のうの方に目を向ければ、何もいない。
「あれ……? またどっかに落とした!?」
「なっ!? いないのか!?」
「あ、でも大丈夫だよ。この辺で、胆のうちゃんが好きな場所はわかってるから」
「咽頭だろ!? 知ってるよ! あいつ、咽頭閉じるのメチャクチャ好きだよな!?」
咽頭といえば、食道から気管に枝分かれする際に、気管の方に食べ物や飲み物だいかないようにする蓋の役割をしている部分なのだが、何故か胆のうはそこを塞ぐのが好きだった。
気が付けば、蓋をあの小さな体で閉じていることが多い。結果、肺に空気すら届かなくなり、酸欠になるのだ。
「本来、あんな機能ないのに、なんであいつあんなことするんだ……? メチャクチャ本能的に動きそうなフォルムしてるくせに」
「本能的に動くから、ピロピロしたの触りたいんじゃない?ささくれ引っこ抜くのと同じで」
まったく迷惑な話だ。
「ささくれってのは、親不孝ものにできるらしいな」
少し落ち着いたのか、肺は動揺しすぎてズレたグラサンを直すと、小さく息を整えて、肝臓を見れば、周りにある穴をじっと見つめながら、「ふーん」と気の抜けた相槌を打っている。
「……肝臓。一応、言っておくが、別に壁の線毛はささくれじゃないからな」
肺に酸素を送るために張り巡らされている気管と呼ばれる管に、特徴的な組織である線毛が壁一面にある。ウイルスやほこりなどの異物が肺に入らないように、外にはじき出すためのもので、見た目は壁から毛が生えているようにも見える。
「わかってるってーちょっとカッコつけたい時期があったんだよね」
だが、決して、ささくれには見えない。
「わかってないじゃないか……」
とはいえ、これ以上言ったところで、肝臓が理解するとは思えない。諦めて、胆のうの回収を急ごうと、咽頭へ足を向ければ、今度は右側の肺から悲鳴が響いてきた。
「ギャァァアア!! 空から変な奴が!!」
「なんだなんだ!?」
「なになに? 肺炎球菌? 白血球ちゃんたち呼ぶ?」
「肺さん! なんかよくわかんない気持ち悪い物体が……!!」
「異物か? とりあえず、肝臓はここで待ってろ」
「僕も手伝うよ!」
もしも細菌やウイルスなら、肝臓に感染しては大問題だが、早く早くと呼ぶ小人たちに、肺も右葉に向かって走った。
小人たちが叫ぶ中、肺がその中心を見れば、そこにいたのは胆のうだった。
「は、肺さん! こいつが、上から降ってきて……!」
「胆のうじゃないか……よく通ったな……」
気管は肺に近づけば近づくほど細くなり、大きな物ほど早々に線毛につかまり、外へ弾き返される。極稀に、こうして大きなものでも通ってしまう時はあるが、そうなると今のようなパニックになってしまう。
「これ、器官ですか!?」
「一応な」
小人たちよりも一回り小さいサイズというのにも加えて、だいたい肝臓のフードに入っているからか、認知度は低い。
小人たちが驚いて胆のうを見ている間、肝臓は胆のうが出てきたであろう、気管を見上げていた。
「わひゃー……」
本来、一面、絨毯のような気管の線毛の一部がむしり取られたように無くなり、壁の一部がつるつるの地の細胞が見えている。犯人は聞くまでもなかった。
「肝臓? どうかしたか?」
「あ、ううん! なんでもない! すべり台やるとすると、僕、どっちで待ってればいいのかな?」
気管は途中で右と左に分岐している。胆のうが滑ってくるのを、出口で待つとするなら、どちらがいいだろうか。迷いながら、登ってくる胆のうをフードにしまっていると、肺がため息をついていた。
「気管をすべり台にするんじゃない。まぁ、待つなら右だな。そっちの方が太いし、滑りやすい」
「それじゃあ、本当にすべり台にされますよ……!?」
「……ダメだからな? 二人共」
注意するものの、聞いていなさそうだ。
「肺さん。今度、あいつ降ってきたら、白血球呼んでもいいですか?」
「まぁ、待て。落ち着け。胆のうは、肝臓の大事な友達なんだ」
「わかってない!! あいつが降ってきてその下敷きにされた奴だっているんですよ!!」
「!!」
確かに、奥で休んでいる小人がいた。
「こんなことになるなら、まだ呼吸止められて、咽頭にいるあいつを胃にたたき落とす方がマシです!!」
「お前らそんなことしてたのか……!?」
小人たちの切実な状況に、肺は頷くと、肝臓に向き直った。
「肝臓。胆のうが今度、気管に潜り込むようなことがあったら……」
「あったら?」
「十二指腸に胆のうを縛り付ける」
「…………それ、本格的に危ないやつだよ!?」
十二指腸。それは、消化液の中で最強ともいわれる、膵液が排出される場所だ。ひとたびそこを通れば、大抵の食べ物が分解される。もちろん、内臓だって肉だ。消化できる。
「俺もこんなことはしたくない。だが、俺はここを、肺を守らなきゃならない。膵臓だって、辛いだろうが、わかってくれる……」
「いや、絶対、膵臓ちゃん喜んでやるよ」
容易に想像がついてしまい、肝臓も微妙な顔をするが、その中心である胆のうは理解できていないのか、フードの中でいつも通り明後日の方向を見ている。
「だいたい、僕と胆のうちゃんは生まれてからずっと一緒なんだよ!? 離れ離れになんて」
「大丈夫だ! お前なら1人で生きていける!」
「ムリだよ! 僕には胆のうちゃんがいなきゃ……!」
そもそも気管に入ったり、咽頭を閉じ続けたり、他の臓器でイタズラしなければいい話なのだが、それに気がつくには、まだ時間が必要だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます