ガンバレ! すいぞうちゃん!(2)

 β区の小人たちがいつものようにストライキを起こす準備をしていると、一人がふとその部屋を見つめる。


「そういえば、最近あいつ見てなくね?」

「……そういえば」


 不思議に思い、部屋をノックしてみたものの返事はない。


「おーい。そろそろストライキに参加しろよー」

「そうだぞーぼっちになるぞー?」


 やはり返事はない。何かあったのかとそっと中を覗いてみると、確かにその部屋の主はいた。間違いなく本人ではあった。しかし、自分たちよりも小さくしかもたくさんいた。


「ギャァァァアアア!!!!」


 悲鳴を上げながら膵臓に突撃してきた小人たちは、バラバラに何かを伝えようと口を開いてよくわからない言葉を叫び、膵臓も眉をひそめる他なかった。


「とりあえず、落ち着いて、右側から」


 指を指せば、右側から順番に「増えてた」「ヤバい」「本当に小さかった」「いっぱいいた」「目が死んでた」と続く。


「それは、小人の話か?」


 膵臓の確認に全員がすごい勢いで頷けば、少し落ち着きを取り戻したらしい一人が、状況を説明する。


「最近あいつ、ストライキに参加してなくて……やっぱりそういうのっていけないと思って。一応働いてる人間として!」

「お前らには言われたくはないと思うけどな。私としてはストライキせずに働いてくれてるなら、むしろお前らより好感を持てる」


 素直に言ってしまう膵臓に、後ろでα区の小人が至極おもしろそうに笑っていた。


「なにのん気に笑ってんの!?」

「そうだそうだ! 一大事だっていうのに!」

「えーだって最近なんでしょー?」


 切羽詰った様子のβ区の小人たちとは裏腹に、α区の小人はいつもと変わらずのんびりとしていて、β区の小人たちが怒るが、α区の小人は全く気にした様子がなく、その様子がなおさらβ区を怒らせていた。


「はぁ~~……とりあえず、私が確認してくるから。まぁ、察しはつくけど」


 疲れた様子で膵臓がそう言い出すと、β区の小人たちが青い顔をして膵臓を見上げる。こういった事態は少なからず起きることではあるのだが、β区はあまり慣れていないようだ。


「ねぇ、すいちゃん。ピーコさん呼びに行く?」

「そうだな。当たりだと呼んでおかないと……」


 どうせならストライキを起こそうとしていたβ区の小人に行かせようと、目を向けると、先程以上に青い顔で抱き合っていた。


「……α」

「はいよーお仕事だねー」


 起き上がると、α区の小人は足早に部屋から出ていった。ピーコさんと呼ばれているp53は遺伝子なのだが、遺伝子であるためどこかに定位置があるわけではない。しかし、それでは何かあったときに呼ぶのが大変だということで、意味合いも含め白血球のところにいた。

 泣く子も黙ると言われる白血球の集まる場所に行くなど、普通の細胞なら避けたいことだ。むしろα区の小人のようにふたつ返事で行ってくれる方が少ない。


「さ、さすが……」

「時代が違うから……」


 食べ物もなく感染症も流行り、その上まともな薬も存在しない昔は、生きるために何かできるのは自分だけだ。そのため、今以上にその頃から必死に活動していた細胞たちの結束力は硬い。

 α区も今よりも昔の方がずっと働いていた。そのためか、白血球を怖がる素振りは見たことがない。白血球が現れるだけで物陰に隠れるβ区とは大違いだ。


「……」

「す、膵臓さん……」


 部屋の外から怯えた様子で覗く小人たちは、膵臓の返事を待つ。


「うん。だね」


 また部屋の前で悲鳴が響いた。


***


 β区に裾をつかまれながら、部屋の前で待っていると、プチッと何かが潰れる音が聞こえ、隣で大きく肩を震わせた小人たち。もちろん、α区は全く動じていない。

 すぐにドアが開くと、現れたのはつなぎ姿で工具箱を持った小人。ピーコさんことp53だ。


「おつかれさま」

「おつかれ。膵臓さん。とりあえず、もう手遅れだったからプチッといっといたよ」


 p53、別名がん抑制遺伝子。がん化した細胞を修復したり、手遅れであれば破壊することで、他の細胞へがんが移らないようにする。白血球と同じように、小人たちにとっては自分たちを介錯する可能性がある存在として、あまり姿を表して欲しくない存在だ。


「あぁ。わかった。ありがとう。他には?」

「まだ小さかったからね。転移はしてないから安心していいよ。発見が早かったんだね。普通は部屋の目張りし始めたり、部屋を分断しようとし始めてから気づくっていうのに」


 がんというのは、案外進むのは遅い。少なくとも発見できるようになるまでの時間は長かったりする。それこそ十数年、ゆっくり時間をかけて大きくなってから発見ということも多い。

 そうなってしまう原因として、できる限り自分たちががん化しているということを隠すため周りとの関係性を断ち切ったり、物理的に破壊したりと、孤立したがる。そうなるとさすがに気づき始めることも多い。


「だ、だって、あいつ、ストライキに参加してなかったから……」

「……不幸中の幸いってことにしておくよ」


 色々察したようにピーコさんも膵臓に哀れみの視線を送ると、膵臓も困ったように息を吐いた。


「そういえば、ピーコさん、なんか忙しいの? 向こうで結構バタバタしてたみたいだけど」

「ちょっとね。今になって見つかった奴らが多くてね。原因がなんなのか……」


 がん化は、それほど珍しいことではない。どうしても、数が多ければ不良品が出てしまうのは仕方がないことで、だからこそ点検のためにピーコさんたちが存在する。大抵は、ピーコさんたちが止めることで抑えられ、大事には至らないのだが、時折似たような時期に発生して忙しい時がある。そういった時は何かしらの原因があるのだが、


「何十年前のことなんて覚えてないよ」


 大抵の原因は、十年以上前のことが多い。加えて、微量ずつ蓄積されたものも多い。


「だよねぇ。それはわかってるんだけどさ」

「あ……そういえば」

「覚えてんのかい」


 ピーコさんとα区が、予想外の反応に驚いていれば、β区の一人が困ったように頬をかいて、当時のことを語り始めた。


「前に、目からビーム撃ってきた人に追われたことがあって」

「ビー……!?」


 膵臓が言葉を失っていれば、ピーコさんはそのなぞの人物に覚えがあるようで、半笑いをこぼしていた。


「じゃあ、そいつの近くにムキムキの奴いただろ」

「あ、いや……その人が尋常じゃないくらいムキムキでした」

いにしえのプロだったかぁ。まぁ、よく逃げたよ。がんばったね」

「……どういうこと? てか、誰? プロ?」

「あぁ。イニシエーターとプロモーターっていってね。原因の奴らなんだよ」


 イニシエーターは小人を見つけては、攻撃してがん化させる。逃げ切った小人がいうには、目からビームを撃ってくるらしい。

 そして、プロモーターは攻撃を食らった小人を引きちぎって数を増やす。これもまた逃げ切った小人がいうには、猛々しすぎる太い筋肉の腕が小人を遠慮なく引きちぎるそうだ。

 このふたつは一緒にいるか、β区が言ったように目からビームを発するマッチョが追いかけてくることになるため、出くわしてしまった日には、それはもう死にものぐるいで小人たちは逃げるそうだ。


「……ってことは、αも?」

「まーねー」

「た、大変なんだな……お前らも」


 見たことはないが目からビームを撃ちながら追いかけてくるマッチョなんて、出くわしたくはない。

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