ガンバレ! のうくん!

 いつものように、積み上がった書類にハンコを押していると、電話が鳴った。


「もしもーし。左腎でーす」

『ちょっといいか?』

「え? どちらさま?」

「詐欺? 勧誘? お断り」


 右腎が顔を上げれば、電話の向こうは、呆れたように違うと答える。


『膀胱だよ……話、続けていいか?』

「あぁ、膀胱! なになに?」


 仲がいいというよりも、直接つながっているだけあり、よく連絡をとっているといったほうが正しい。


『最近、尿の量多いんだけど、またお前らのせいか?』

「人のせいにするのいくない」

「よくない」


 過去にやらかしたことを考えれば、まず最初に確認するのも仕方ないだろう。


「それって、つまり、もう、俺、ガマンできない……! 的な展開しちゃう?」

『人聞き悪いこというなッ!! いや、微妙に間違ってはいないんだが……とにかく、一応確認してくれ』

「アイアイサー」


 ひまつぶしにはちょうどいいかと、腎臓の小人に話を聞くが、特に異常という異常はないそうだ。書類で確認しても、ちゃんと数値は合っている。


「……アレ?」


 確かに数値は合っているが、圧倒的に量が減っているものがある。


「犯人は」

「「コイツだ!」」


 誰が聞いているわけでもなかったが、2人が指さしたのは、バソプレッシンだった。

 抗利尿ホルモンとも呼ばれる、それは、文字通り尿量を低下させるもので、それに合わせて腎臓の小人たちが原尿の再吸収を行うのだ。元が減っていたら、再吸収の量も減って、尿が増えるわけだ。


「ってことは」

「ことは」


 話にいかないといけないのは、そのバソプレッシンを分泌している脳だ。


「……うへぇ」

「うげぇ……」


 突然、嫌そうな表情になった腎臓たちに、小人たちも不思議そうに首をかしげると、左腎が頬を膨らませた。


「だってだって、脳の区画って、すっごく複雑で」

「メーロ」

「でも、脳さんに聞けばいいじゃないですか」

「まぁね……」


 だが、ここにいても仕方ない。尿が多すぎても困る。2人は脳の管理する区画へ行けば、頭の良さそうな小人たちが、驚いた顔でこちらを見つめる。


「脳さんいる?」

「脳は、ただいま血管さんを探しに出かけていませんが、なんのご用でしょうか?」

「またぁ?」

「どーせ、ウイリス……」

「もはや定番のあいさつだよ……」


 動脈瘤ができやすい場所で、一度でも破裂すれば大惨事ということはわかってはいるものの、こう、会うたびに言われているといい加減、心配するのも飽きてくる。


「それで、ご用は……」

「あ、そうだった。バソプレッシンが足りなくて、もう少し出してもらえないかな?」

「あぁ……バソプレッシンですか。我々の担当ではありませんね。担当は下垂体です」

「下垂体はあちらになります」


 小人たちだけでは、出来ることが限られていて、どうしても担当区画である以外の仕事はできないし、基本的に干渉もできないので、今のように管理しているリーダーがいないと、面倒だ。

 仕方なく、腎臓たちが下垂体に行けば、小人たちがせっせと働いている。


「ねぇねぇ、バソプレッシン、もう少し出してくれない?」

「え? バソプレッシンですか? 我々の管轄じゃないです」

「……え゛? でも、ここだって」


 嘘をつかれるはずはない。なぜだろうかと、二人で首をひねっていると、一人の小人が言った。


「もっと後ろの奴らが、バソプレッシン出せますよ」

「……どういうこと?」

「後葉の奴がバソプレッシン担当なんで」

「……ここは?」

「前葉です」

「……あーもう! 本当にめんどくさァ!!」

「壁をぶち破りたい」

「やめてください」


 仕方なく、ひとつ奥に行けば、それほど変わった気はしないが、もう一度バソプレッシンのことを聞いてみれば、


「ここ、中葉で――」

「もーーーー!!!」

「ぶち破ろう」

「やめてください!!」


 左腎がめんどくさいと叫ぶ中、ひょっこりと現れたのは、脳だった。


「どうしたんですか? 副腎でなにかありました?」

「違うよ! 違う! バソプレェ!」

「バソプレッシンなら、もうひとつ奥ですよ。そういえば、最近こっちの管理、あんまりできてなかったですからね……」


 当たり前のように、後葉にいくと、バソプレッシンを確認し、足りない分を血液に運んでもらう。


「わかりにくいよ!」

「小分けにしすぎ」

「そうは言いますが、必要なんですよ」

「なに、中って! 前と後でいいじゃん!」

「そんなことを言ったら、腎臓くんたちもひとつでいいじゃないですか。たまになってるわけですし」

「やーだー!」

「2人で一つ!」


 抱きしめ合う腎臓たちに、脳も困ったように頬をかく。

 区画を分けすぎとは、確かによく言われる。ホルモンを出していることもあり、たびたび内臓たちが異常を感じるとくるのだが、そのたびに微妙な場所の違いがわかりにくいと文句を言ってくるのだ。

 だが、仕事の種類を考えれば、これだけ分けてもまだ足りない。一区画が、複数の仕事を持っていることなど、当たり前で、ひとつやふたつなんて生易しいものじゃないことが多い。ほかでは、ひとつの担当につき、ひとつかふたつの仕事といったことが多いというのに。


「こう、入口あたりで、全部話聞いてやってくれる人とかさ! いないの?」

「…………」


 腎臓がじっと見つめるのを、脳は、なんとも言えないよう表情で見つめ返していたが、どうやら本当に気がついていないらしい。


「それ、私、やってますよね?」

「……ソーでした」


 散々文句を言われるので、脳の仕事は大抵、脳が話を聞いて、小人に伝えに行くのだ。正直、そうしないと他の臓器が迷子になって、怒りやすい臓器では、細かく区切ってある仕切りを破壊しようとしたり、入ってはいけない場所に入ったりと、そっちの方が大変なのだ。


「今、いなかったじゃん!」

「それはウイリスで」

「もうそれはわかったよ!!」

「飽きたよ!」

「そうは言われても……治さないわけにもいきませんし」

「ウイリスなんて爆発しちゃえ!」

「ドカーン!」


 子供みたいに叫ぶ腎臓に、脳も困ったように眉を下げながら、


「そんなことしたら、2人共バラバラになりますよ?」

「それダメ!」

「ダメー!!」


 手をつないで首を横に振る2人は、本当に素直で、扱いやすい。どこかの臓器とは大違いだ。


「私もそれほど長い時間、席は外さないので、今度来たら、少しくらい待っててくださいよ」

「もう来ないよ!」

「来たくないよ!」


 腎臓たちが捨て台詞を残して去っていき、脳は1人息をついた。


「血管さんがくるまでは、さすがに誰にもちょっかい出せないし……早く来てくれないかなぁ」


 周りで聞いていた小人たちが、血管が早く来て欲しいような、欲しくないような、そんな気持ちになりながらも、おそらく被害に遭うであろう心臓に、心の中で謝っていた。

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