ガンバレ! じんぞう´s

 じっと書類を見つめる、前髪で目が隠れた2人組は、ハンコを取り出すと、ペタンとひとつ押した。


「ぺったん」

「ペッタン」

「またぺったん」

「ペタン」


 しばらく黙々と仕事を続けていたのだが、片方が突然頭を抱え始めた。


「あーもう! 疲れたよ! もっと体動かしたいよ!」

「プリーズ、肉体ロード」


 そんな叫びに、体を震わせた小人たちは、何も聞かなかったことにして、忙しそうに走り回る。


「ぼくらも手伝うよ?」

「いやいやいやいや! 大丈夫です!」

「そ、そうですよ! ただでさえ、腎臓さんたちは、副腎の管理もしていらっしゃるんですから!」


 腎臓たちの頭に乗っている副腎の管理も、腎臓たちが行なっていた。だが、基本的にホルモンをこれだけ出したや、尿の量、pHの測定結果などの書類上の仕事ばかり。


「……」

「……」


 腎臓たちは頬を膨らませながら、互いに顔を合わせると、頷いた。

 それからすぐのことだ。シップの頭の上に降ってきた、それ。


「肝臓さーん」

「なーにー?」

「アドレナリンが届いたんですけど、どうします?」

「……わひゃぁ」


 量は少ない。肝臓にとってはそれほど大変な事態ではないのだが、考えた末、そのアドレナリンは預り、肝臓は足早にその人の元へ向かった。

 数分後、腎臓の区画で、げんこつの音がふたつ響いた。


「アドレナリンの分泌は遊びじゃないって、何度教えたらわかるんだ? お前ら」

「い、痛い……」

「ゥ……ゥ゛……」

「わひゃぁ……」


 ポキポキと指を鳴らし、腎臓たちの前に立つのは、膵臓だった。肝臓も後ろの方で、困ったように3人のことを見つめる。


「ボクは、コルチゾルにしようっていった……」

「変わらないからな」


 アドレナリンもコルチゾルも、副腎から分泌されるホルモンの一種で、どちらの作用も血糖値上昇という、膵臓にとっては天敵、遊びで使われたら困るものだ。

 確かに、コルチゾルの方が、アドレナリンに比べて血糖値はそれほど大きく上がらない。もしかしたら、先程のβ区でのストライキでの絞られる被害者が減った可能性があるが、膵臓がここに来ることは変わらなかった。


「もういっそ、全力でやればよかった!」

「それ、ただ殴り込みに来る人数増えるだけだよ!?」


 ホルモンというものは、狙った場所に行くまでに、通過していった場所でも作用を発現してしまうことが多い。肝臓はまだしも、アドレナリン大量放出などした日には、心臓すら殴り込みに来るだろう。


「で? なんでこんなことしたんだ?」

「だって、ぼくらだって働けるのに……」

「肉体ロードーはダメって」

「……しなくていいなら、いいと思うんだが。こいつとか、シップたちに任せて基本、遊び回ってるぞ?」


 照れる肝臓に、膵臓はシップたちのことを思うと同情するが、後ろの方で首が取れるのではないかというほど、首を横に必死に振っている小人たちに首をかしげる。


「だってだって! みんながんばって仕事してるのに、ぼくらだけのんびりしてるなんて悪いじゃないか!」

「いい心がけ、だと、思う、が……とりあえず、2人はそこで正座。あ、肝臓も」

「え゛!?」


 いきなり巻き込まれた肝臓は、訳が分からないながらも、腎臓たちの前に正座して、小人たちの方へ小走りで向かう膵臓を見送る。

 その膵臓はというと、青い顔をしている小人たちの前に屈むと、必死に袖をつかまれ、首を横に振られた。


「なにがあったんだ……いったい」

「実は、前に手伝ってもらったことはあるのです。一番簡単な、糸球体のろ過をお願いして」


 糸球体のろ過といえば、血液から尿をつくる最初の工程だ。一番簡単というか、一番大雑把に分別ができる場所だ。明らかに大きなものだけを弾けばいいのだから。

 その先で、熟練の小人たちが、必要なものを回収して血液に戻す。さすがに、そこは慣れが必要ということで任せなかったそうだが、腎臓たちに最初を手伝ってもらった結果、途中で飽き性が発動し、全て流れてきたそうだ。普段から約99%の回収率といわれている原尿の回収率も、その時ばかりは100%といってもいいんじゃないかと、むしろ超えたんじゃないかと言われるほどだったそうだ。


「ですから、あの2人のお気持ちはうれしいのですが……」

「でも……その、なんというか……」

「迷惑だな」


 はっきり言葉にした膵臓に、小人が慌てるが、否定はしなかった。


「でも、本当にただの善意なんです……」

「私が言おうか?」

「い、いえ! そんな……」


 正直、言ってしまったほうが簡単で、わかりやすいと思うが、あまり他の臓器に干渉しすぎるのも悪い。特に、小人たちは別に文句があるというわけではなさそうだ。働かずそこにいるだけなら、好いているらしい。

 どうするか迷いながら戻れば、3人が胆のうにしびれた足をつつかれて、床に転がりながら悲鳴を上げていた。


「あ、す、膵臓ちゃん、お、おかえり」

「……腎臓のとこにくると、お前がまともに見えた気がしたんだが、勘違いだったか」

「正座、もう、いい?」

「もう崩れてるだろ。3人とも」


 胆のうのせいで。


「それで、みんななんだって?」

「あぁ…………腎臓たちが飽きずに書類仕事を最後までできたら、その時はまた考えるって」

「ホント?」


 腎臓たちが振り返れば、小人も「一度も飽きずにできたら」と、頷いた。


「わかった! がんばるよ!」

「ガンバル」


 結局、できなかったそうだ。

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