ガンバレ! けつえき´s

 この体の中で最も多くの種類を治め、忙しいのは誰かと言われたら、十中八九こう答えるだろう。血液だと。


「肺炎球菌の排除は完了しました。被害は現在確認していますので」


 血液を治める体格のいい軍服を着た男が、肺の元に来て、状況を説明していると、小人が走ってきて紙を渡し、確認すると、肺に渡される。


「被害は大きくありませんが、確認を。壊れた細胞に関しては、我々が回収しますのでご心配なく」

「あぁ。いつも悪いな」

「いえ。では、これで失礼します」


 敬礼をすると、足早に部下たちの元に歩いていくが、


「回収急げ! それから、逃げた奴がいないか確認!」


 そんな怒号が聞こえてくる。


「いつも大変だな……」


 内臓は休まる時がないとはいうが、いつもフル稼働というわけではない。その点、血液たちはいつもフル稼働のようなものだ。


「肺さん。あの人って、白血球なんですよね?」

「ん? あぁ。そうだ」

「……血液さん、なんですよね?」


 “血液さん”と呼ばれているものの、本人は血液の一部である白血球だ。なぜ、そんな彼が血液として、血液全体を収めているかというと、


「できるやつがいないんだ……」


 血液は大きく4つに分けられる。赤血球、白血球、血小板、血漿だ。血漿は意識を持っておらず、赤血球はその成長過程で、核をなくしてしまい、生きる屍として馬車馬のごとく体中を駆け巡っている。血小板も同じだ。体の中を、生きているのか死んでいるのかわからない顔で漂っている。

 結果的に、まともな白血球しか統治できなかったのだ。要は、消去法だ。


「いいか! 根絶やしだ!」

「いつも思いますけど、物騒ですよね……」

「まぁ、免疫系はそれが仕事だしな……気にしてやるな」


 加えて、白血球は免疫系も治めていた。これも、血液同様、消去法だった。


「コラーッ!!」


 笛の音が血管いっぱいに響きわたる。その笛の音に、大きな口と大きな手しかないそいつは、開いた口にそれを放り込もうとした手を止める。


「それは食っちゃいけない細胞!」


 そういえば、細胞を食べようとしていたそいつ、マクロファージは、その細胞を降ろす。見慣れないものがあったら、まず食べる。それは助かることも多いが、見境がほとんどないのは大問題だった。

 興味がなくなったように、マクロファージが去っていったが、その細胞にまた近づく影。その手には、キラリと光るナイフ。


「……」

「グゲッ……!」


 その影に付けられた首輪につながる鎖を、思いっきり引っ張れば、その影、ナチュラルキラーも文句有りげな表情で、白血球の小人に向き直るが、こちらも負けず、睨み返す。


「だから、抗体コレついてるの以外、基本襲うなって、言ってるだろ!」


 Y字型のそれを見せれば、ナチュラルキラーはその細胞の隅から隅まで、撫で回すように見るが、抗体がないのを確認すると、舌打ちと共に去っていった。

 免疫系は、食べるか殺すかしか、頭にない奴らが圧倒的に多い。しかも、周りを気にしない。むしろ、周りの被害の方が大きいときもあるほどだ。それを、どうにか制御するために作った抗体だが、この扱いがなかなか難しい。

 抗体を作り出すのは、それ専門の職人、B細胞の小人がやってくれるのだが、欠点があった。


「あ、いたいたー」

「肝臓さん?」

「Tちゃん……だね。これ、落ちてたよ」


 肝臓が持っていたのは、ゴミのようにも見えるそれ。だが、見せられたT細胞は、ひと目で、


「肺炎球菌ですね。どこに落ちてましたか?」


 マクロファージたちの、食べかすだ。こうして、大半を食われているおかげで、肺炎球菌のはの字もないような状態だが、それでもすぐに見分けをつけなければいけない。小さな違いをすぐに見分けられるかで、エリートでモテると言われている。


「すぐそこだよ」

「では一応、数人呼んでおきます。協力感謝します」

「ううん。ヒマなら、それくらい運んで来いって、シップちゃんに怒られただけだから」


 バイバイと、去っていく肝臓を見送り、もう一度、食べかすを見る。既知ものだ。持ち帰って、抗体を新しく作ってもらう必要はない。戻ってから捨てようと、バッグにしまう。

 抗体の欠点。それが、初めて見たものに関しては、いくら職人であってもすぐに抗体を作れないというものだ。もちろん、そんな時こそ、マクロファージたちの仕事の時なのだが、


「わひゃー!! ファージちゃん! それ、食べちゃダメー!!」


 やはり、全面的には信じられない奴らだ。



***



「いやだぁぁぁあああ!! どうか!! どうか慈悲をぉぉお!!」


 響いてきた叫び声に、小人が体を震わせて、何事かと断末魔の響いてくる場所をそっとのぞき込めば、つい先日見かけた血液の後ろ姿。

 そして、血液の前には、Bのバッチをつけた制服の小人たち。B細胞だ。数人いるが、1人は震え、座り込み、目も耳も必死に塞いでいる。他は、悲鳴を上げながら押さえつけられていた。


「敵も味方も慈悲はやらん! それが白血球だ!」


 叫んでいた1人が消えた。いや、手と口しかないマクロファージに食われた。


「後を継ぐやつは1人で十分! うじゃうじゃ大量に養うほど、血液にスペースの余裕はねェ! 歯ァ食いしばれ!」


 座り込んでいた1人以外、全員食われた。


「………………」

「ん? そんなとこで何やってるんだ?」

「は、肺さん……肺さん……!!」

「? お、おう」


 泣きつく小人を抱きとめれば、嗚咽混じりに聞こえてきた言葉。


「おれ、肺さんのとこ、で、よかったぁ……!!」

「そ、そうか。俺も、お前がここにいてくれることがうれしいぜ」


 反射的に返したのは良かったが、いったいどういう状況なのか、まったく飲み込めない。


「泣き声が聞こえましたが、なにかありましたか?」


 現れた血液に、腕の中で大げさに震えた小人に、なんとなく状況が飲み込めた。

 被害を出さないために仕方ないとはいえ、白血球たち免疫系は容赦がない。その片鱗を見てしまったのだろう。


「いや、友情の確認さ。血液も混ざるか?」

「結構です」


 軽く頭を下げて、また仕事場に向かってしまった血液の後ろ姿を、泣きそうな目で見つめる小人の頭を、優しく撫でたのだった。

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