下町にある『蓬莱軒』は近隣住民から愛される中華料理店。しかしある日店主が病気で亡くなってしまう。残された一人娘は店を継ぐ気が無かったが、かといってすぐに店を売るのも釈然としない。そんな中、貼りっぱなしにしていた求人のチラシを見てやってきたのが料理人のシーフー。店を訪れる地上げ屋をあっさり撃退した彼は、その場で採用されるのだが、実は彼はただの料理人ではなく仙人でもあって……。
舞台が料理店ということもあって、炒飯や豚の角煮といった王道のものから、ドレッシングにこだわったダイエットメニューや西紅柿鶏蛋蓋飯といったちょっと珍しい料理まで、中華ならではの幅広い料理が登場するのだが、どれも非常に美味しそう!
また仙人ということもあって、普段はぼんやりしたシーフーが店で起こる様々なトラブルを解決していく様子も面白い。時には仙術を使って迷惑客を撃退し、時には背中に担いだ中華鍋で妖怪退治をしてみせたりと、料理のメニューだけではなく、話の幅が広いのも嬉しい一作だ。
(「様々な妖怪変化」4選/文=柿崎 憲)
まずは一口食べてみてください。
出来たて熱々の一口に、胃の中にじわっと熱が広がり肩の力が抜けるあの感じ。
出来たて熱々の一口に、吹き出す汗と燃える体に我を忘れてかき込むあの感じ。
あの感じ、いいよね。
この物語もあの感じだ。
もう一口と進める手が止まらなくなるだろう。
たまには箸休めと甘味に頬を緩ませたり、苦くて酸っぱい味に顔をしかめる時もあるかもしれない。
中華料理は火力とスピード勝負。物語も軽快に、勢い良く食べ進めることが出来る。
なにしろ隠し味は、長い年月練り込んだ仙人と妖怪と……これ以上は貴方の舌で。
酸いも甘いも口一杯に頬張れば、次の視線は料理の先の、彼や彼女に向かって行く。
鍋を振るう腕、料理を運ぶ足、注文をとる声、お辞儀をする笑顔。
そこには料理と同じくらい沢山の熱いものが詰まっていて、貴方はもっと暖かく、時に熱くなるはずだ。
美味しい物を食べた後は、お腹が暖かくなった後は、眠くなってくる。
そして寝て起きたら、また一日頑張ろうと始められるだろう。
誰かがゆっくり眠るため、今日も中華鍋は熱くなる。
とある街の個人経営の中華料理店に無頼な青年が現れるところから本編は始まる。
彼の働きで倒産、転売を免れた中華料理店、そこでは食を主体にした大小さまざま悲喜こもごものストーリーが展開される。
若い女主人が従業員に懐く恋心、わがまま放題に育って母親を顧みない家庭問題。
また、軽犯罪を娯楽のように楽しむ小心者、生前の罪、行いが斟酌されず地獄へ行く者、登場人物も様々だ。
バラエティーに富んだ登場人物を書き分けストーリーを構築する。
それはさながら料理という小宇宙を構築するのと同義なのではないか?
茫洋とした(見た目だけに限る)青年はある問いを投げられ決断を下す。
そこから生まれる「新たな言葉の料理」、是非味わい尽くしたいものだ。
下町の中華料理屋、看板娘と謎の多い料理人が今日もお客様を出迎えます。
料理の描写も本格的で匂い立つような飯テロ小説の一面を持ちつつも、その1話1話は綺麗にまとまっている。それは作者様が心血注いで描く鮮やかな料理さえ、物語の付属品にしてしまう。
では見所は何か。
オカルトなアクション?
二人の関係性?
それもあるだろう。いや、私が一番推したいのはやはり人間ドラマか。長く冗長に書くことなく、短い中に綺麗にこめられた人の生き様は物語を料理以上に味わい深く魅せてくれる。何気ない仕草、発言がただのモブですらその過去さえ見えるようにぐっと濃い。
物語の切り口と文章は軽妙で読みやすい。だが飯テロやアクション、料理店の事件をポンポンと読み進めながら名脇役たちの息遣いを確かに感じることができるだろう。
豊富な語彙という食材を、ここまで独自に調理する毒島伊豆守さんの文章センスに脱帽です。時に軽やかに、時にしっとりと。ここまで自在に物語を描き、魅せてくれるとは思いもよりませんでした。
本当に不思議なもので、この作品を読んでいるだけで、お腹は空くわ、手作り料理を食べているような温かみを感じるわ、大好きな先輩と話しているような親近感を覚えるわ、と様々な気持ちが駆け抜け、満たされていくのです。
この味を知ってしまったら、何度読み返しても飽きません。『やみつき』とは、この作品のためにある言葉ではないでしょうか。
どこか捻くれたこの言葉の運び方は、方向性は違うものの、森見登美彦さんに近い香りを感じました。より現代向けに特化している辺り、時代の先を行っている気さえします。はっきり言います。これはもう、プロ顔負けです。
この作品一つで、カクヨムというこのサイトはオープンした価値を示したと思います。本気でそう言い切れてしまうほど、素晴らしい作品です。
まだの方、是非ご賞味ください!
(『ようこそ蓬莱軒へ』まで読了してのレビュー)
中華料理といえば鉄鍋のジャン!だった私は中華料理という時点で「きっと奇人変人が料理で殴りあうクッキングバトルに違いない!!」と勝手に思い込んでいたのですがそんなこと有りませんでした申し訳ございません。
はい、魑魅魍魎とお鍋で殴りあった後、人間ドラマにまじかるクッキングで希望の光を与える素敵な作品でした。バトル物的な熱さと王道のお料理漫画的な人情を兼ね備えています。
それにしても作者様の引き出しがパないですよ。元々作者様の仮面の夜鷹の邪神事件簿に惹かれていたのですが、なんとまあ邪神プロレス中華料理仙人でそれぞれについて細かく描写できる知識量が羨ましい。自分の知識を上手く運用できる技量も羨ましい。羨ましい……。
個人的には第四話のダークな感じとそれに対応して自ら足をすすめる者を救わんとするヒロイックな第六話が両方共ツボでした。
あと大好きなクトゥルフネタが入ってくる第二十話も良いですね、邪神退治SANチェック不要! 妖神グルメ! 鍋は神より強し!粽食べたい!
皆さんも是非ご賞味あれ