隙間を作った事を後悔はしない。でも、その隙間は埋まってくれない。


 ここに強い者はいませんでした。
 ここに正しい者はいませんでした。




『愛情』は確かに存在しているのに、形を持っていないのです。
 でも、形がないと、愛を認識するのが難しくて、相手にわかってもらえないと不安になるもの。
 人々が愛を言葉に起こして、絵に描き出し、音と響かせ、体温という温もりにして、感じとってもらえる姿にしようとするのは、その不安を解消したいが為なのでしょう。

 二人が想いを同じくして愛をささやきあっているときは幸せですが、人の世はそう簡単にはいかないもの。約束を違え、離れてしまうことだってあります。好きという感情が変質してしまうことだって、あるのです。
 お互いが納得して離れるのなら良いのですが、相手の心だけが変わってしまったのなら、未練はいつまでも残ってしまうでしょう。
 体に触れ合い、愛情を渡しあって、自分の心の半分を相手の愛情で満たした時間。
 去りゆくときに、この心に残る愛情を回収されれば、そこはぽっかりと隙間になってしまいます。
 僅かな望みを捨てきれず、相手の心に自分の愛情を置いて別れてしまえば、心の隙間を埋めるものなどありはしないのです。

 心の形が壊れたままで歩けるほど、人は器用な生き物ではありません。
 ゆっくりと時間をかけて、隙間を埋めるものを探すことになります。
 再び心が満ちてゆくのを、静かに待つ。
 それが人。


 切ない思い出から少しだけ。
 心に夢を見させる液体から少しだけ。
 いつまでも変わらない景色から少しだけ。
 言葉を交わせない生き物から少しだけ。
 同じような寂しさを抱えた人から少しだけ。
 子供から、少しだけ。

 色んなものから少しずつもらった愛を、心に溜めていく。
 そうやって人は、再び歩ける時を待つのです。
 空っぽのままで頑張れる人なんていない。
 それが人。




 ここに強い者はいませんでした。
 ここに正しい者はいませんでした。
 ここに弱い者はいませんでした。
 ここに間違っている者はいませんでした。

 ここにいたのは、人でした。

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