第1話 ピルゴス

 太陽の日差しが、力強く輝く。

 それは、年々強さを増しているように感じられる。

 ここ、天魔の塔を有する街ピルゴスにも、陽の光は燦々と降り注いでいる。

 今、この街に足を踏み入れようとする少年がいた。

 少年の名は、バーン・イーグニス。燃える炎のような紅い髪を除けば、どこにでもいるような普通の少年だ。

 バーンは、天魔の塔を見上げる。

 どこまでも高くそびえ立つその塔は、肉眼ではその頭頂部を確認することができない。

「あれが、噂に名高い天魔の塔か」

 数百年前に建てられたという言い伝えが残る、石造りの塔。神が造ったという伝説を、バーンは学校の授業で習った。

 天魔の塔と呼ばれるのは、塔を上れば神に出会え、地下に広がる迷宮には悪魔が住むという話からだった。

 話の真偽は、天魔の塔を目指す人間がいるのだから、一目瞭然だろう。昨今は、悪魔が住む地下迷宮に足を踏み入れ、魔物が持つ秘宝、財宝を狙い一攫千金を夢見る冒険者が後を絶たない。

 実は、バーンもその中の一人だった。

 生まれ故郷を離れ、ここピルゴスに来たのもそのためだ。

 バーンは以前からずっとそれを望んでいたのだが、村の掟で成人の儀式を受けるまでは村を離れることはできなかった。

 先日、やっと十五歳になり、成人の儀式を済ませた。晴れて、村を離れる許しが出たのだ。

 はやる気持ちを必死で抑え、先ほどやっとピルゴスに到着した。永遠とも思える数日間を耐え忍び、歩を進めてきた。

 それがやっとのことで、報われる瞬間がやってきた。

 バーンは、夢にまで見たピルゴスの街に足を踏み入れる。

 そこは、生まれ故郷の村、ヴィラージュとは全く違っていた。ヴィラージュと比べて、圧倒的に住宅、商店などの建物が多い。

 正直なところ、バーンはヴィラージュから出たことがなかったため、都会に来ること自体が初めてだ。

 ヴィラージュでは、数えるぐらいの建物しか存在しなかった。ところが、ピルゴスでは建物が所狭しと並んでいた。

 子どものように駆け出したくなる気持ちを必死で押さえ込む。しかし、若干早足になっていることにバーンは気付いていない。

 街は人で溢れ、まるで祭りのようだ。いや、ヴィラージュの祭りよりも賑やかだ。

 商店も様々だ。いったいどんな商品が売っているのだろうか。おそらくヴィラージュとは、商品の品揃えも違うだろう。片っ端からまわってみたい。

 きょろきょろと周りを見回しながら通りを歩いてると、ふいにバーンに声をかける者があった。

「おや、見ない顔だねぇ。ずいぶん若いけど、冒険者かい?」

 それは、宿屋の女将だった。

 小太りのどこから見ても人の良さそうな印象を受ける。この人が切り盛りする宿屋なら、おそらく繁盛していることだろう。

「ええ、そうです。さっき、この街に着いたばかりで」

 バーンがそう答えると、女将の目が輝く。

「それなら、まだ宿屋は決まってないね?うちにしときな。サービスするよ!」

 どうやら、そうとうな商売上手らしい。バーンには、特に断る理由もない。

「うちから、天魔の塔の地下迷宮に潜ってる冒険者ダイバーは何人もいるからね。そこいらの宿屋よりは、冒険者ダイバーの扱いには慣れてるよ!さぁ、うちに決まり!」

 バーンが返事をするまもなく、女将がまくし立てる。そのまま、バーンの荷物をひったくると、宿屋の中へと消えていく。

 慌ててバーンも女将の後を追った。

 バーンにあてがわれた部屋は、一人で寝泊りするには十分な広さであった。豪華ではないが、取り立てて質素というわけでもない。ベッドや机は、年季が入って入るものの、しっかり手入れが行き届いている。家具にまで女将の人柄が表れているようだった。

 すぐにでも地下迷宮へと向かいたかったが、女将により、それは中止となった。

 長旅で疲れがたまっているだろうし、地下迷宮は逃げないからと半ば強引に納得させられた。

 仕方なく、バーンはその日一日、街を見てまわることにした。

 ピルゴスは、様々な商店で溢れていた。

 武器や防具の専門店、珍しい道具を扱う店、地方料理を出す食堂に冒険者ダイバーが集う酒場。冒険に関係ないところでは、雑貨屋に服屋。食べ歩きができるようなものを扱っている露店商まで。

 あの女将の店以外にも、相当数の宿屋が存在していた。いったい一晩いくらになるのか考えが及ばないほどの豪華な宿屋から、一泊するのも恐ろしい質素極まりない宿屋まで、様々だ。

 この街は、とても一日で全て回りきれるほどの大きさではなかった。

 それでもバーンは、手ごろな店で一振りの名もなき剣を購入し明日の冒険に備えると、天魔の塔の下までやってきた。

 ピルゴスの街は、天魔の塔を中心に広がっているようだ。まさしくピルゴスのシンボルである。

 石造りの強固な塔は、真下から見上げると、恐怖を感じるほど巨大だ。

 しかし、バーンには恐怖を感じている時間はない。明日には、この塔へ足を踏み入れるのだ。

 決意を新たに、バーンは宿屋へと戻った。

 食堂や酒場へ行ってもよかったのだが、バーンは宿屋で食事を取った。豪華とは言えなかったが、村の母を思い出させてくれるような温かい料理を味わうことができた。

 そして、早めに床に着いたバーンは、あっという間に夢の世界へといざなわれた。

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