第4話 力の英雄

 バーンが目を覚ますと、そこには見覚えのある天井が広がっていた。あのピルゴスにある宿屋の天井だった。

「おや、目が覚めたかい?」

 声のした方に顔を向けると、宿屋の女将さんがイスに腰掛けているのが見える。

 起き上がろうとするバーンを女将さんが制する。

「まだ、無理はしないほうがいいよ。なにせ、三日三晩も寝ていたんだからね」

 三日も寝続けていたのか……。確かに、体中を倦怠感けんたいかんおおっていた。

「酷くうなされていたんだよ。……恐ろしい夢でも見たのかい?」

 女将さんが心配そうにバーンの顔を覗き込む。

 夢……。はっきりと覚えてはいないが、別の何か恐ろしい力を持ったものに自分の体を乗っ取られる夢を見ていた気がする。バーンの頭の中は、重く、まだぼんやりともやがかかっている様な状態だった。今だ、悪夢の中にいるようだ。

 頭を振ると、若干だが、頭の中のもやが晴れたような気がした。

「そういえば、僕はどうしてここに?」

 頭のもやが晴れるにつれ、やっとバーンの頭が働き出してきた。

 地下迷宮で落とし穴に落ち、落下した先で気を失った……はずだ。正確には、落下した後から記憶がないのだが。

「何にも覚えてないのかい?」

「……はい。地下一階でモンスターの大群に追いかけられて。なんとか逃げ切った先で、落とし穴に落ちたまでは覚えているんですが。落下してからは、なにも……」

 それを聞いて、女将さんが驚く。

「始めての冒険だったのに、災難だねぇ」

 しかし、女将さんの顔はとても残念だという表情には見えない。むしろ、嬉しそうな印象を受ける。

「あんたを助けてくれたのはね、あの『力の英雄』だよ!」

「……はぁ」

 女将さんのどうだと言わんばかりの表情は、バーンのリアクションで見事に肩透かしを食った。

「……ひょっとして、力の英雄ヴィゴ・バトルロードを知らないのかい?」

 無言でバーンがうなずく。

「本当かい、あの有名人を知らない?」

 再び、バーンが頷く。それに女将さんは目を見開き、口をポカンと開けて驚きを隠さない。

「……なんと、まあ。このピルゴスにヴィゴ・バトルロードを知らない人間がいるとはねぇ」

女将さんはそう言って立ち上がると、まるで学校の先生にでもなったかのように説明を始めた。

「いいかい、地下迷宮の最下層にまで到達できる人間は、数少ない。中でも、ヴィゴ・バトルロードは最初に最下層に到達した人間なんだよ。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの大男で全身黒ずくめの防具を身に纏い、自分の身の丈以上の長さの、そして分厚い鉄の塊のような大剣を振るう。その大剣で、力任せにモンスターをなぎ倒すんだ」

 女将さんの講義は続く。

「もちろん、それだけじゃあない。地下迷宮で手に入れた財宝や武器防具、モンスターから剥ぎ取った素材などでピルゴスの街の発展にも貢献してきた。それで、ピルゴスの住人は彼のことを、敬意を込めて『力の英雄』と呼ぶのさ」

「……なるほど。でも、なんでそんな人が僕なんかを助けてくれたんです?」

 バーンが疑問を口にする。

「それはね……、迷宮の最下層にあんたが倒れていたらしいんだよ!その場を通りかかったヴィゴ・バトルロードがあんたを見つけてくれて、まだ息があるし、身なりからあまり冒険の経験がなさそうだと、街まで連れて帰ってくれたんだ!そして、冒険者ダイバーならどこかの宿屋に泊まっているだろうと、この街の宿屋という宿屋を駆けずり回ってくれて、うちにたどり着いたと言うわけさ」

「それで、その人は今どこに?」

「いやだねぇ、もうとっくに行っちゃったよ!今頃は、地下迷宮のどこかだろうさ。……あぁ、あんな有名人がうちに泊まってくれたらねぇ」

 女将さんは言いながらバーンの肩を叩く。

「さぁ、三日も寝ていたんだ。おなか空いただろう?……まだ、お粥みたいなものがいいだろうね。すぐに用意するよ!」

 いそいそと、部屋から女将さんが出て行く。

 ――力の英雄、ヴィゴ・バトルロードか。とんでもない人に助けられてしまった。

 しかし、別の言い方をすれば、いい目標ができたかもしれない。必ず自分の力でヴィゴ・バトルロードに直接助けてもらったお礼をしなくては。

 地下迷宮で活躍できれば、名前を売ることができる。それがわかったのも一つの収穫だ。バーンは決意を新たに、明日からの冒険を頑張ろうと気合を入れ直す。

 そんなバーンの心に使命ともいえる目的が追加されるのは、すぐのことだった。

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