第5話 胸騒ぎ
その日、バーンは朝から暇を持て余していた。
地下迷宮での冒険に出かけたかったのだが、「三日も寝続けた後なのだから、無理をするな」と女将さんに説得され、断念を余儀なくされた。
さて、今日はどうして過ごそう。また、ピルゴスを散策しようか、それともどこかで剣の修行でもしようかと考えながら歩き出したときだった。
背後で、何かが爆発するような音が聞こえた。
バーンが振り返ると、再び、同様の音が耳に飛び込んできた。
遥か遠くに煙が立ち上っている。
突如、バーンの体を貫いたのは、胸騒ぎだった。
あれは……、ヴィラージュの方角だ。自分の生まれ育った村、ヴィラージュで何か不吉なことが起こっている。
バーンが頭でそう判断するよりも早く、バーンの体は街の外へ向けて走り出していた。
その間にも、爆発音は続いていた。次々に黒煙が立ち上る。
いったい何が起きているのだろう?ただ事ではない事態であることは、明白だった。バーンが村に住んでいたときには、こんなことはなかったからだ。
渾身の力を振り絞り走るバーンの脳裏に、村の人々の顔が浮かび上がる。
両親、友人、隣近所の人たちに村長。小さい村だ。ほとんどの人間が顔見知りだった。
彼らに何かあったらと思うと、胸がキリキリと痛んだ。
それだけ、バーンにとって村の人々は大きな存在だ。なにせ、ほんの数日前までは、その村がバーンの世界だったのだ。今のバーンを構成している全てといっても過言ではない。
街の出口に着く頃には、バーンの息は完全に上がっていた。しかし、気にしている余裕はなかった。今は心臓が張り裂けても構いはしない。
そのまま、街を出ようとしたバーンの視界の片隅に、茶色の何かが飛び込んできた。
バーンは足を空回りさせ地面を滑りながら、ほとんど倒れこむようにストップすると、それに向かって方向を変えた。
それは、馬だった。
街の出入り口には、貸し馬屋があり、街の外を旅する者を手助けしてくれるのだ。……残念ながら、ヴィラージュのような小さな村には存在していなかったが。
「おじさん、後で必ず返します!」
馬に水をあげていた男の背中に、一方的にそう声をかけると、バーンは手ごろな馬の背中に飛び乗った。
馬の頭を街の外へと向けると、足で馬の腹を思い切り蹴りつけた。
馬はバーンを振り落とさんばかりのスピードで走り出した。後ろで何やら男の声が追いかけてきたが、バーンの耳には届かない。
風を切り裂くようなスピードで馬は駆けていく。
よし、これならすぐに村に着けそうだ。
バーンは馬に振り落とされないように必死でしがみつきながら、そう確信していた。
爆発音を聞いて走り出したものの、人間の足ではピルゴスから村までは数日掛かる道のりだ。実際に、バーンがピルゴスにやってくるのにそれだけの時間を要している。
事態は急を要するのだ。数日も掛けていられない。
しかし、恐ろしく速いこの馬のスピードでも、間に合わないかもしれない。
いくら馬が速いとはいえ、人間の足でも数日掛かる道のりだ。どうしても数時間は掛かってしまうだろう。
猛スピードで掛けている馬に乗っているにもかかわらず、バーンには水の中を走っているかのようなもどかしさを感じていた。
いつの間にか、爆発音は止んでいた。複数の黒煙が立ち上るだけになっている。
黒煙は、やはり村の方角だった。
依然として、何が起きているのかは分からない。ただ、不吉なことが起こっていることだけは確かだった。
頼む。頼むから、気のせいであってくれ!村に帰ったら「なんだ、もう帰ってきたのか」とみんなで僕を笑い飛ばしてくれ!
バーンは心からそう願った。何かしらの悲劇が待っているのなら、自分が笑い者になった方がマシだと。
だが、胸の鼓動が、妙な胸の高鳴りが、それを確信づけている気がしてならなかった。
馬にも限界が近づいていた。まだ、村は見えてこない。
「もう少し、もう少しだけ頑張ってくれ!」
バーンの声に応えるように、馬はスピードを上げた。
やっと村にたどり着いたバーンの目に映ったのは、黒煙を上げ、崩れ落ちた家々が並ぶ、壊滅的な状態の生まれ故郷だった。
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