第6話 ヴィラージュ

 バーンの故郷は、ひどい有様だった。

 このヴィラージュは、優しい木漏れ日のような、ゆったりとした時間の流れる、小さいが平和を絵に描いたような村だった。

 それが、今や見るも無残な姿へと変わっていた。全ての家が崩れ落ち、黒煙を上げている。そこいらで人が倒れていて、そのほとんどが黒焦げで、シルエットで恐らく人であったと判断が付くような状態だった。

 村のシンボルの一年中聖なる炎が灯る聖火台も倒され、聖火は姿を消していた。

 小さな村だ。ほとんどの村人が顔見知りだった。家族――とまでは言わないものの、全員が親戚のようなものだ。その誰かが、地面に倒れて、くすぶっている。黒焦げで、誰なのか判別することすらできない状態だった。

 何者かが、意図的に村を攻撃したに違いない。こんな小さな村を襲う理由は不明だが。

 息を切らしている馬から滑り降りると、バーンは立ち尽くした。もう、馬のことなど視界に入っていなかった。

「いったい、誰がこんなことを……」

 思わずバーンの口をついたのは、それだけだった。次に発する言葉が見つからない。

 焼け落ちた家たちの中に、自分の家を見つけてしまったからだ。

 両親は無事なのだろうか。思わず、バーンは自分の家へと駆け寄った。

 バーンの家も無残に焼け崩れ、黒煙を上げるだけになっていた。両親は、家の中にいたのだろうか。

 焼けて、いまだ熱を持っている瓦礫がれきをバーンは退かし始めた。ひょっとしたら、まだ両親が瓦礫の下で生きているという、淡い期待を胸に抱きながら。その手は、熱さなど全く感じなかった。

 燻る瓦礫を退かし始めてすぐに、二人の遺体が目に入った。それは、先ほど村の入口で見た誰かと同じように黒焦げで、どちらが父でどちらが母かすぐに判断がつかない様な状態であった。

 それを見ても、バーンは瓦礫を退かす作業を止めることはできなかった。それを止めてしまったら、両親の死を受け入れなくてはならない。そう思えたからだ。

 その時、バーンの背後で人の声が聞こえた……ような気がした。

 誰か、生き残っているかもしれない。バーンが振り返ると、村の中央にある村長の家の側に、倒れている老人がいた。

 その背中は焼けただれていて、今も炎が揺らめいていた。黒い炎のようなものが。

「……村長!」

 バーンが駆け寄ったその老人こそが、このヴィラージュの村長だった。

 当然、バーンのことも生まれたときから知っていた。

「イーグニスのところの……バーンか」

 村長は、体から搾り出すように声を吐き出した。その声は非常に弱々しく、今にも消えてしまいそうだった。

「今すぐ、背中の火を消しますからね!」

 バーンは、近場の井戸へ走り、水を汲んで戻ってきた。

「……無駄じゃ。闇の炎は、それが燃え尽きるまで、決して消えはしない」

「そんなこと……」

 バーンは、村長の背中に水をかける。水は、一瞬にして蒸発し、黒い炎は何事もなかったかのように揺れている。

 手で叩けば――、バーンがそう考えて黒い炎に手を伸ばそうとした。

「触るな!……触れれば、お主にも燃え移るぞ」

 村長は、そう一喝すると、やっとのことで体を反転させて、仰向けになった。黒い炎は、地面と背中に圧迫されても、燃えることを止めようとはしない。

「……バーン、バーンや。そんなことよりもお主と話をさせてくれ。わしは、もう長くはないからのう」

 村長は、まるで赤子をあやすような声でバーンに語りかける。

「でも……」

「この闇の炎は、燃え尽きるまで消えない。もう手遅れなのじゃ。今は、わしの魔力で進行を押さえ込んでいるがのう。魔力が尽きれば、わしも燃え尽きてしまうだろう。いいか、バーンよく聞くのじゃ」

 村長の言葉に、バーンは無言でうなずく。その目には涙が溜まっていた。

「バーンや、我が村の人間がなんと呼ばれているか覚えておるかのう?」

「炎の民です」

 村長は、それにゆっくりとうなずく。

「そうじゃ。我が村の人間は、炎を操れる力を持つ。お主も成人の儀で、炎を操ったじゃろう?」

 バーンは、それに苦笑いで返す。

 この村では、炎を自在に操って、一人前とみなされる。それの試験のようなものが、成人の儀だ。

 ただ、バーンはまぐれで炎を操れた。まだ、自由自在とはいかないのだ。正直、あまり自信がない。まぐれとはいえ、一応、炎を操れたので、村から出ることは許されたのだが。

「フラム・ヴォルカンを覚えておるか?」

「天才フラムですよね。わずか九歳にして、炎を完全に操ることができ、炎の民始まって以来の天才と言われた」

 小さい村だったので、バーンはフラム・ヴォルカンの顔も覚えていた。確か、数年前に村を出たはずだ。

 村長は、うなずいて続けた。

「村を襲ったのは、フラム・ヴォルカンじゃ。わしは、この目で確認した。恐らく……魔に心を奪われてしまったのじゃろうな」

「そんな……。何故、こんなことを?」

「数百年前の神の言葉じゃよ。「炎は悪の王の身を焦がすであろう」というな。魔族は、神の言葉を恐れておる。それで、炎の民を根絶やしにしたかった」

 バーンが言葉を失っていると、村長は続けた。

「ピルゴスにある天魔の塔の地下。そこで魔族にそそのされて、闇の力を手に入れた。この世で魔族がいるのは、あの塔の地下だけじゃからな。その恩恵が、村を滅ばした黒い炎じゃ。力を手に入れるのと引き換えに、炎の民を根絶やしにしろとでも言われたのじゃろう。……バーンや。お主に頼みがある」

「はい、村の人たちのかたきを討ちます!」

 村長は、バーンの言葉に首を振る。

「……いいや、バーン。そうではない。仇討ちなんてせずともよい。お主には、生きてもらいたい。炎の民の血を絶やさなければ、この先、魔族を倒せる人間が現れるやもしれん。身を隠すのじゃ」

「しかし……」

 バーンは強く拳を握り締めた。村長がそれを見透かしたように諭す。

「お主の力を低く見積もっているわけではない。まだ、そのときではないというだけじゃ。フラムの力は、相当なものだからのう。それに、この村を出た炎の民もいる」

「……分かりました」

 村長は、バーンの胸元に手を添えた。

「残っているわしの魔力で、力のきっかけを引き出してやろう」

「それだと、村長が……」

 それに、村長は優しく微笑む。

「早かれ遅かれ、わしは燃え尽きてしまう。わしの力をもらってくれ」

 バーンの瞳に、涙が溢れる。声を出してしまったら、泣き出してしまいそうで、バーンには頷くことしかできない。

 胸元に添えられた村長の手が、ほんのりと暖かくなる。

 その暖かさが引いていくのに比例して、黒い炎が村長の全身を包み込む。

「村長、ありがとうございます」

 バーンは、村長の体が燃え尽きても、しばらくの間、村長がいた場所を見つめていた。流れる涙は、そのままに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る