第2話 洗礼

 翌日。とうとう夢にまで見た日がやってきた。

 バーンは、しっかりと朝食を取ると、女将が作ってくれた昼食を受け取り、天魔の塔へと足を向けた。

 バーンの他にも、冒険者ダイバーはたくさんいるようだ。物々しい剣を持った剣士や見るからに重厚な鎧を身にまとった戦士などが、次々と天魔の塔へと吸い込まれていく。

 今日も天魔の塔は、恐ろしいほどに巨大な姿でたたずんでいた。日の光を浴びて、神々しささえ感じさせる。

「よーし、いくぞ!」

 大きく息を吸い、腹に力を入れると、バーンは天魔の塔へと足を踏み入れた。

 塔の一階は、閑散としていた。ただ、だだっ広い空間が広がっているだけ。一階は、巨大な一部屋になっている。バーンの想像よりも明るく、日の光が差し込んでいた。

 他の冒険者ダイバーたちは、どんどん部屋の奥へと進んでいく。バーンも、それに続く。

 部屋の右手には、上へと向かう階段が見えた。

 その階段の前には、巨大な岩や様々なガラクタが積み上げられており、物理的に上へと向かうことができないようになっていた。

 巨大な岩の下には、何かの文字らしきものが見える。どうやら、何かしらの魔法でも上へ昇ることを制限しているようだ。

 他の冒険者ダイバーに続いて、部屋の奥にある階段を降りていく。

 階段を一段降りるごとに、空気が変わっていく。ジメジメとした湿気のせいだろうか。それとも、これが魔物の住む空気なのだろうか。まるで粘度があるような、嫌な空気が身にまとわりついてくる。

 地下一階に到着すると、他の冒険者ダイバーたちが身支度を始めていた。複数人で集まっているところを見ると、仲間同士らしい。なるほど、バーンには一人で冒険するという頭しかなかったが、パーティを組むのも悪くない。むしろ、一人で冒険を続けるのには限界があるだろう。少し冒険したら、仲間を探そうかな。

 バーンはそんなことを考えながら、迷宮の探索を開始する。

 迷宮は、ところどころに光を発する苔が生えていて、探索に不自由はない。これなら、魔物が暮らすのも問題はないだろう。

 ……魔物。自分の考えで、バーンはハッとする。そうだ。ここは、もうモンスターの巣なのだ。気を引き締めなくては。

 腰にある剣に手を添えて、探索を続ける。徐々に、周りにいた冒険者ダイバーたちが少なくなってきた。

 迷路のように複雑に入り組んでいる迷宮である。皆、思い思いの道を選んで探索しているのだろう。

 一人になると急に心細くなる。しかし、思いを奮い立たせて歩き続ける。

 遠くで剣同士がぶつかる金属音やモンスターの怒号が聞こえてくる。やっと自分も夢であった冒険者の一員になれたという実感が沸いてきた。

 突然、バーンの背後に気配を感じる。振り返ると、暗がりの中に怪しく光る目があった。

 剣を抜いて、身構える。いよいよ生まれて初めての戦闘だ!

 すると、光る目の隣にも、同じような光が現れた。まだ姿は分からないが、モンスターは一匹ではないようだ。これは、油断できない。

 その間にも、光る目は増え続けている。あっという間に、十を超える数になった。

 初めての戦闘で、相手のモンスターが数十匹。……殺される。

 その時、バーンは冒険が常に死と隣り合わせであると、肌で実感した。考えが甘かった。

 剣一本だけで、後は普段の生活と変わりのない服装。どうして、鎧を購入しなかったのか。先立つものがなかったのだが、それで命を落としてしまっては元も子もない。

 バーンが回れ右をして、一目散に駆け出したときには、光る目は三十以上に増えていた。

 ――走れ、走れ!

 こんなに力の限り走ったことはないというほど、走りに走った。後ろからは、多くの足音が追いかけてくる。追いつかれれば、待っているのは死だ。

 迷宮の中を闇雲に、右に左に。どこをどう走ったのか、全く覚えていない。

 ついに力尽きて、倒れこんだときには、追っ手の足音は消え去っていた。なんとか、逃げ切ったらしい。

 気がつくと、バーンは少し開けた部屋の中にいた。ここは、いったいなんだろう。

 呼吸を整えると、部屋の奥へと進む。

 バーンが、ちょうど部屋の中央までやってきたときだった。

 突然、足元の床が抜けた。――落とし穴だ!

 体が空中に投げ出され、暗闇の中を落下する。

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁ!」

 数メートル落ちたところで、背中が何かに触れた。それは、床というべきか、壁というべきか。床に傾斜がつけられているのだ。それも、かなりの急角度だ。ほとんど落ちているような感覚のまま、滑落を続ける。

 暗闇の中の巨大な滑り台。滑り台といえば、楽しそうなイメージを思い浮かべるだろう。しかし、角度が急過ぎて、恐怖しか感じない。

 その滑り台は時に右へ旋回し、左に旋回し、バーンの体を激しく揺さぶる。

 どのぐらい滑り落ちただろう。十分か、二十分か。バーンにとっては永遠に感じるほどの時間だった。暗闇の中で体を激しく揺さぶられれば、時間間隔もおかしくなって当然だろう。

 終わりは唐突にやってきた。それまで、ほとんど直角ではないかという床の角度が、徐々に緩くなる。床が平坦になると、バーンの体は開けた部屋へと投げ出された。

 そして、バーンは気を失った。

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