FIRE FANTASY

今井雄大

プロローグ

 それは、まさにこの世の終わりといった光景だった。

 空は、血のように紅く染まっていた。川も湖も空の色を映し出し、同様に血の色に染まっている。

 血の色を湛えた空から、大小さまざまな隕石が降り注ぐ。隕石は大地をうがち、山の大半を削り取った。緑溢れる森を、木々を根こそぎ奪い去る。

 複数の雷が、大地へと突き刺さる。その光の帯は、怒れる龍のようだ。怒号を放ちながら、地表を、そして木々を焼き払っていく。

 大地は振動を繰り返し、ひび割れた。人をたやすく飲み込んでしまうほどの巨大な地割れ。そこから、炎が噴き出す。

 火柱は、凄まじい轟音を立てながら空を焦がす。それは、雲へと届いてしまいそうなほどだ。

 その空には、無数の点。星のように、光を放っているが、星ではない。まだ、星が見えるまでには時間があった。

 光の点は、天使だ。空に広がる神の軍団。

 視界いっぱいに展開されたそれは、地表へと思い思いの攻撃を繰り返していた。ある者は、隕石を。ある者は、燃え盛る火球を。ある者は、怒りに満ちた雷を。

 一方の地上には、数え切れないほどの黒い点。夜の闇を凝縮したような、見る者を吸い込んでしまうような漆黒。まるで地上にだけ夜が来ているかのようだ。

 漆黒の点は、悪魔。地表を覆いつくさんとする悪魔の軍勢だ。

 悪魔たちは、天へ向かって反撃を繰り出していた。ある者は、巨大な火柱を。ある者は、猛毒の息を。ある者は、自身と同様の漆黒の闇の球を。

 人間たちは、ただ怯えるしかなかった。身を寄せ合って、一刻も早く、この悪夢が過ぎ去ってくれればと願うだけだった。人間たちには、それが精一杯のできることであった。

 突如、天に輝いていた光の点の一つが膨れ上がる。見る見るうちに、超巨大な光の球へと変化した。膨張が収まると、光の球は光り輝く巨人へと姿を変える。

 光ではっきりと姿を捉えることはできないが、それは紛れもなく人の形をしていた。違っているのは、背中にやはり光を放つ十二枚の翼。それは、恐ろしくも神々しい姿であった。

 地上の悪魔たちにも変化が現れた。悪魔の軍勢の中心部へと、悪魔が集まり始めたのだ。悪魔たちは、融合してどんどん巨大になっていく。粘度のある毒のような禍々しいそれは、ドロドロと形を変えながら神の大きさと並ぶまでになった。悪魔の融合が終わりを告げると、それは漆黒の巨人へと形を変えた。

 恐らく人間の形を模しているであろうそれは、どこまでも黒く、やっと五体を確認できる程度である。背中には、木の枝のような無数のとげが生えている。漆黒の体の中で、唯一、瞳だけが血のように紅く光を放っていた。その瞳を直視しただけで、気を失う者がいてもおかしくない。それほどの恐ろしさを秘めた瞳であった。

 人間たちは、あれが魔王の姿であると確信した。

 魔王が口を開くと、その口の中に巨大な漆黒の球が出現した。それは、すぐさま神に向けて発射される。

 神は、まるでそれを初めから分かっていたかのように、軽々と避けてみせた。

 頭の中を掻き毟られるような恐ろしい怒号。魔王の怒りが大気を、大地を震わせる。

 魔王は、右腕を鋭い剣のように変化させると、神に向けて振り下ろす。神も左腕を同様に剣のように変化させて、それを受ける。魔王と神の剣が触れ合うと、バチバチと稲光が炸裂する。

 続けて魔王は、左腕を同様に剣に変えて、振り下ろす。神も先ほどと同様に右腕を剣に変えて受ける。こちらでも、触れ合った剣同士が稲光を発する。

 その時、神の背後に迫るものがあった。先ほど魔王が放った巨大な漆黒の球だ。狙った標的を追いかけるのか、神に向けて戻ってきていた。神がそれに気付いている様子はない。

 巨大な漆黒の球が神の背中に触れる瞬間、それは音もなく消え去った。神も魔王でさえも、それを意に介している様子はない。

 神と魔王の力のぶつかり合いによって、大地は激しく震動していた。このままでは、神と魔王との闘いの決着がつく前に、世界が崩壊してしまうのではないかと誰もが感じていた。

 また、魔王が怒号を発する。それは、拮抗していた神と魔王のパワーバランスが崩れたことを表していた。

 神の腕が剣状から、人間と同様のそれに戻る。違うのは、神の両手が輝きを増していた。

 神の後方にいる天使も神と同様に、突き出した両手が光りを発している。

 それによって、魔王の体が徐々に後ろへと押され始める。魔王の足元にいた悪魔たちも、同じように押されている。

 悪魔の軍勢の背後には、穴が存在していた。深すぎて底を確認することができないほどの巨大だ。悪魔たちは、この穴から地上へとやってきたのだ。

 神の軍団は、悪魔たちをこの穴へと押し戻したいらしい。ゆっくりと、ゆっくりとだが確実に悪魔たちは、大穴へと近づいている。

 大地の震動は、尚も続いていた。しかも、振動はより大きくなっている。悪魔たちも必死で抵抗している証拠だろう。

 どのぐらい時間が経過しただろうか。人間たちには、永遠にも思える時間だった。

 ついに、魔王の片足が大穴に吸い込まれた。そこからは、あっという間だった。

 すぐに魔王の体が大穴に飲み込まれ、上半身が出ているだけとなった。それに伴い、大地の震動が弱まる。

 まるで底なし沼であるかのように、大穴は魔王を、悪魔たちを飲み込んでいく。やがて大穴から出ているのは、魔王の頭と両腕のみとなった。もう抵抗できる悪魔は、ほどんどいなかった。

 悪魔たちが完全に大穴へ姿を消すと、大地の震動が収まった。

 人間たちから、歓声が上がる。すると、光の巨人の姿である神が口を開いた。

 まさに、神々しいその声は、頭の中に響いてきた。人間の中には、涙を流す者までいたほどだ。

「人間よ、悪魔たちは滅んではおらん。今の私では、魔王と力が拮抗しているため、悪魔たちを封印することしかできん。だが、案ずることはない。一つ、予言を残しておく」

 神はそう言って、両腕を広げる。


 太陽の光強まるとき 炎の力強まれり

 炎は悪の王の身を焦がすであろう

 それこそ魔の終焉のときなり


 神の言葉が終わると、天使たちが次々と大穴の上へと集まる。

「これから、悪魔を封印する。これで、悪魔は地上に出てはこれなくなるであろう」

 神も大穴の上へ移動すると、神と天使たちの体の光が強まる。それは、目を開けていられないほどに強烈な光だった。

 光が収まり人間たちが目を開くと、大穴のあった場所には、天にそびえる塔が建っていた。

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