第11話 地下三階

 バーンとタウロは地下迷宮で目を覚ました。二人が起きてほどなくして、女将さんが朝食を持ってきてくれた。二人はそれを食べると、すぐに地下迷宮の奥へ向かう。

 地下三階も一、二階と変わらず、現れるモンスターはゴブリンとオークだけだった。……一匹を除いて。

 それは突然、二人の前に現れた。ゴブリンよりも体が大きい。人間の大人と同サイズだろう。ホフゴブリンだ。手には斧を持ち、もう片方の腕には盾を付けていた。体にも簡素ではあるが鎧を纏っている。

 一方、こちらは一振りの剣とタウロの手投げ斧が一つ。防具は、バーンもタウロも服だけで防具と呼べるかも怪しいところだった。

 一、二階でモンスターを倒して手に入れた金貨でひと通りの防具を揃えてくればよかった。しかし、もう遅い。

 ホフゴブリンは、バーンたちとは別の冒険者ダイバーと戦っていた。まだ、バーンたちのことに気付いていない。今のうちに逃げてしまおうか。防具が揃っていない今の状態ではそれも選択肢の一つだった。

「うおおぉぉ」

 別の冒険者ダイバーが力を振り絞り、剣を振り上げて突進する。ホフゴブリンはそれを冒険者ダイバーの体ごと吹き飛ばした。冒険者ダイバーは思い切り体を壁に打ち付け、気を失ってしまった。ホフゴブリンはゆっくりと冒険者ダイバーに近付いていく。このままでは、あの冒険者ダイバーは命を落とすだろう。……逃げるわけにはいかない。

 バーンは壁に掛けられた松明たいまつから小さな火種を自分の方へと引き寄せると、手の上で大きくさせていく。こうした方が何もない状態から炎を作り出すよりは、魔法力を節約することができた。

 手の上の炎が十分な大きさになると、バーンは斧を振り上げたホフゴブリンに向かって投げつけた。

「ファイヤーショット!」

「うぉっ!」

 突然、体を炎に包まれて、ホフゴブリンは驚きの声を上げる。しかし、炎はホフゴブリンの表皮を焦がしただけだった。そして、激しい怒りの表情でバーンを睨みつける。

「オレ様に不意打ちとは、いい度胸だなァ」

 ホフゴブリンの目は血走り、怒りで今にも爆発しそうだ。

 ホフゴブリンの周りには、数人の冒険者ダイバーが倒れていた。これだけの数を相手にしたのだろうか。それにしては、まだまだ体力が有り余っているように見えた。

 タウロが手投げ斧を投げる。それは、弧を描いてホフゴブリンへと向かっていく。ホフゴブリンは、タウロの手投げ斧を自分の斧でいとも簡単に叩き落とした。地面に手投げ斧が突き刺さる。

 バーンは剣を抜くと、振りかぶりホフゴブリンに斬りかかった。ホフゴブリンはそれも斧で弾き返す。

 剣が弾かれた勢いに任せて、バーンはホフゴブリンとの距離を取った。

 ……マズい。思ったよりも強い。

 バーンはゆっくりと距離を詰められないように気を付けながら、ホフゴブリンを中心に移動する。剣を正面に構えて、ゆっくり、ゆっくり。

 先ほどホフゴブリンに吹き飛ばされた冒険者ダイバーの前まで来ると、声を掛ける。

「大丈夫ですか?」

「あぁ……」

 冒険者ダイバーは、そう答えたものの、目の焦点が定まっていない。虚ろな状態だった。とりあえず、生きてはいる。それで一安心だ。だが、ホフゴブリンとの戦いへの参加は期待できそうになかった。

 頭に血が上っているホフゴブリンは、完全にバーンだけを追っていた。

 バーンがゆっくりと円を描くように移動したおかげで、バーンとタウロでホフゴブリンを挟み込むような形になった。これで、ホフゴブリンは自分の背後も警戒しなくてはならない。ひょっとしたら、頭に血が上っているせいで、背後を警戒するつもりはないのかもしれないが。

 タウロはホフゴブリンの動きに警戒しながら、自分の近くに倒れている冒険者ダイバーから武器を探した。……あいにくその冒険者ダイバーは、ナイフしか持っていなかった。

 タウロはナイフを手にすると、ホフゴブリンとの距離を詰め始めた。とりあえず、使い慣れた手投げ斧を自分の手に回収したい。そして、その手投げ斧はホフゴブリンの足元にあった。

 バーンはホフゴブリン越しにタウロに視線を向ける。タウロが頷く。

 ゆっくりと剣を振り上げると、バーンはホフゴブリンに向かって斬りかかる。同時にタウロがホフゴブリンの背後からナイフで襲いかかった。

 しかし、ホフゴブリンはバーンたちが思うよりも戦い慣れていた。バーンの剣を斧で受け止め、タウロのナイフを盾で防ぐ。

 タウロはそのまま、ホフゴブリンの足元に突き刺さっていた手投げ斧に手を伸ばす。その一瞬の隙をホフゴブリンは見逃さなかった。足でタウロを蹴り飛ばす。タウロは転がりながら、壁に衝突した。打ち所が悪かったのか、そのままグッタリとして動かなくなってしまった。

「タウローー!」

 バーンは怒りに任せてめちゃくちゃに剣を振り回した。ホフゴブリンはそれを斧と盾で受け止める。地下迷宮に甲高い金属音が響き渡った。

 戦い慣れたホフゴブリンが対応できないような動きとなったのが、功を奏した。バーンの剣の切っ先がホフゴブリンの肩に食い込む。

「ぐわっ!」

 床に落ちる鮮血と共に、ホフゴブリンの口から驚きと痛みが混じった声が上がる。

 今がチャンスだ!これを逃す手はない!

 バーンは持っている剣に力を込めながら、壁にかかっている松明から小さな火種を引き寄せる。それは、バーンの持つ剣に吸い込まれるように張り付くと、剣の上で大きな炎へと姿を変えた。

「ファイヤーショット!」

 バーンが叫ぶ。炎は剣を伝い、ホフゴブリンの体内を巡る。肩から侵入した炎は、ホフゴブリンの体内を焼き、目や口から火柱を上げた。ホフゴブリンはそのまま崩れ落ちる。断末魔を叫ぶ暇すらなかった。

 バーンは剣を持ったまま、その場にへたり込んだ。

「……やった」

 それだけを呟くと、バーンはしばらくの間、ボーッとへたり込んだままでいた。

「……うぅ」

 その声にバーンは、ハッと我に返るとタウロの元へと駆け寄った。

「タウロ、大丈夫かい?」

「うん、なんとか」

 壁にぶつかった衝撃で気を失っていたらしい。タウロは頭をブンブンと振ると、ホフゴブリンの亡骸に視線を合わせる。

「倒したの?」

「あぁ、何とかね……」

 バーンは、タウロに手を差し出す。タウロはそれを掴んで立ち上がる。

「一度、戻ろう」

 そう言ってバーンはホフゴブリンに吹き飛ばされた冒険者ダイバーの元へと歩み寄る。冒険者ダイバーはまだ目が虚ろなままだった。

 肩を貸して、冒険者ダイバーを立ち上がらせると、地下一階へ向けて歩き出した。タウロも自分の手投げ斧を回収すると、それに続く。

 もっと強くならなくては。バーンは冒険者ダイバーに肩を貸しながら、心の中でそう誓いを立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

FIRE FANTASY 今井雄大 @indoorphoenix

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ