終わりなきカカシの復讐

一矢射的

カカシ、無限増殖します



 ふと顔を上げると、田んぼに向かって子ども達が石を投げていた。

 単なるイタズラ?

 それにしては随分と農家に礼節を欠いた行為だ。

 米が値上がりしている昨今では特に。


 立派な大人なら早々に注意して止めさせるべきだった。

 食べ物の大切さと農業の大変さを説いて聞かせるべきであった。

 でも僕にはそれが出来なかった。

 何故って、僕も昔は同じ投石をよくやっていたから。

 この地方につたわる悪しき習慣って奴?


 あれ、意味もなく田んぼに石を投げているわけじゃないんだ。

 田んぼの中に居るカカシを狙って石を投げている。

 いわゆるひとつの的当てゲーム。

 それでも悪質に感じるかもしれないが、実はちゃんとその行為にも理由があって。

 怪異に立ち向かう勇気を示す為、彼らは投石している、昔からそう。


 ここいら近辺では大ムカシから『カカシが夜道で人を襲う』という迷信が広く信じられていた。子ども達はその怪談を真に受けて、カカシをひどく恐れ嫌っているというワケなんだ。

 事実、目前の子どもたちも「お前なんて怖くないぞ」とか「お前になんか捕まるものか」なんてはやし立てていた。


 その時、大き目の石コロが麦わら帽子をかぶったカカシの頭部に命中した。

 瞬間、カカシの首がわずかにもたげ、救いを求めるかのようにこっちを見た。

 カカシの顔は満面の笑みを浮かべていたが、その表情は作り笑いでしかなく、心は泣いているのではないか……何故かそんな気がした。


 ―― バカバカしい。ただの人形、作り物だろうが。


 僕は頭をかすめた妄想を振り切り、その場を後にした。

 今日は仕事で疲れていたし、子どもの悪戯に構っている場合ではないのだ。恨みがましくコチラを睨み続けるカカシの目つきが脳裏にこびりついていたけれど。

 吹き抜ける風で、カタカタ動くカカシの首が不協和音を鳴らしていた。










 その日の晩、僕は久しぶりに亡くなった祖母の夢を見ていた。

 二人で散歩中、田んぼのあぜ道を通る時に祖母はよく言っていた。


「カカシ様はね、田んぼの神様なんだよ。間違っても粗相を働いてはいけないよ」


 思えば、僕がカカシに石を投げた件を祖母も耳にしていたのではないか。

 この地方の悪しき伝統を断ち切ろうとした。

 だから、ああいう形で僕に釘を刺した。


 僕はそんなさりげない親切を心の奥底で正直軽んじていた。

 自分がされた忠告を、他の子ども達に伝えようともしなかった。

 悪い流れに身を任せ、タダ流されていくだけだった。

 そんな冷めた心の持ち主だから、祖母の葬式で泣けもしないのだ。


 人形のようにうつろなハートしか持ち合わせていない。

 ゆえに僕はずっと孤独なままなのだろう。

 僕はいったい何時までガランドウなこの部屋に一人……。


 カタン。

 ふとベランダで何か物音がした気がして、僕の眠りは妨げられた。

 外に誰かが居るのか? ここは三階なのに。けれど押し寄せる眠気には抗えず、僕は再びまどろみの沼へと飲み込まれていった。






 目が覚めた時、僕は温かいベッド中ではなく、暗い夜道に一人立ち尽くしていた。


 ―― これは? そんなバカな! なんでこんな所に。


 昼間、石を投げる子ども達を見かけたまさにその場所だ。

 いや、単に自室から屋外へ移動しただけじゃない。どこかが奇妙だった。


 まず動けない、一歩たりとも。

 金縛りにでもあったかのように体を動かすことができなかった。

 ロボットみたいに、全身がカチコチに硬直していた。

 今の僕には、ほんの少し腕を曲げる事すら許されなかった。ただし首だけは赤子のようにすわっておらず、簡単にあらぬ方向へと曲がってはカタンと音を立てた。


 そして鼻をつくのは麦ワラのすえた臭い。

 視界の上半分が麦を編んだ被り物のツバで占領されていた。

 麦わら帽子を被らされている? どうして? いつの間に?


 頭が混乱して、まったく考えがまとまらなかった。

 そこへ懐中電灯を掲げた小柄な人影が近付いてきた。


「おい、ケンちゃん本当にやるのかよ?」

「当たり前だろ、カカシなんかにビビッてないって所をみせてやるよ」


 ―― カカシ? 昼間の小学生なのか?


「今の季節、田んぼから水が抜かれているだろ? だから問題なくカカシの所まで歩いて行けるんだ。石を投げるだけじゃ生ぬるい。アイツを引っこ抜いて車にひかせてやるんだ! 二度と悪さが出来ないように」


 そう言いながら彼らは懐中電灯の光をいっせいに向けた、僕の方へ。

 そこで気が付いた。いや、気付かされた。

 僕が立っているのは夜道などではなく、田んぼの中だという事に。


 竹竿製の固く折り曲げられない腕。

 ズタ袋の頭に被らされたボロボロの麦わら帽子。

 一本しかない上に全然動かせない足。


 まごうことなく、僕の姿は田んぼのカカシへと変わっていた。


「さぁ、いくぞ。このデクノボーを引っこ抜け。道路まで運ぶんだ」


 ―― 止めろ! 止めろって!


 僕の声なき悲鳴は誰にも届かなかった。

 神も仏も奇跡も魔法もない。

 子どもは、やはり無邪気ゆえに残酷。


 三人がかりで僕の体を田んぼから引っこ抜くと道路の真ん中へブン投げていった。後の事など知らんぷり。彼らは立ち去り、僕にはどうすることも出来なかった。


 ―― ふざ、ふざけるなよ。死んじまうだろ!


 このままでは車にひかれる。コンクリートに押し当てられた僕の耳は、迫りくるエンジン音を聞き取っていた。命がけの努力が実ったのか、僕はほんの少しだがカカシの体を動かせるようになっていた。

 しかし、まだ不器用に身じろぎするのがやっと。

 道路から逃げ出すには到底至らなかった。


 そこへ黒塗りのスポーツカーがやって来て……。

 キキィ! すんでの所で急ブレーキを踏んだ。


「なんだぁ? 道路にカカシなんぞ捨てやがって、ふざけるんじゃねぇぞ」


 僕はキレたドライバーから何度も何度も制裁の蹴りを受け、挙句に道路の傍らまで蹴り飛ばされた。

 腕は一本折れ、ワラの破片が辺りに散りばりそれは酷い有様だった。


 ―― どうして? どうして僕がこんな酷い目に?


 そのままドライバーは車で走り去っていった。

 残ったのは壊れかけのカカシが一体……いや、一体だけではなかった。


 暗中より、一体、また一体と無数のカカシが事故現場へとにじり寄ってきた。

 いったいどれだけのカカシがその場に集まったのだろう。

 近所中のカカシが全て集結したのではないかと思えるほどの数であった。


 どうにか起き上がった僕に、カカシの一体が何かを差し出してきた。

 軍手をはめられた腕に握っていたものは……錆びた草刈り鎌であった。

 刃についた浅黒いシミは血のように見えた。


 カカシは何も言わなかったけれど、何を言いたいかは明らかだった。

 この土地では、大昔からカカシは人に虐待されてきた。

 僕も身をもってその重みを知ったばかりだ。

 人に蹴られた体中がギシギシ軋む。この痛みも目覚めを促してはくれない、この悪夢が覚める朝はもう決して来ない。

 いまや僕はカカシであり、奴等人間とは違う存在なのだ。

 こうなってしまった以上、やらなければやられるだけだ。


 首があらぬ方へ曲がりカタンと音を鳴らした。

 いわば肯定のうなずきみたいなものだ。



 僕はギクシャクした手付きで草刈り鎌を受けとった。

 こうしてまた一匹、この地にカカシのバケモノが誕生したのであった。


 巷に流れる噂通りに、カカシは人を襲う。だからこそ皆に恐れられる。

 ところがおかしな事に、おびえているからこそ人はカカシに石を投げる。

 根底に潜む全ての原因は恐怖心。

 何かを恐れるがゆえに、人は暴力をふるい怪物になるもの。

 おびえ、おびえられて――殺し合う。

 回り続ける恐怖の輪廻は、きっと永遠に終わらない。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終わりなきカカシの復讐 一矢射的 @taitan2345

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ