後編:私の霊能者生命、これで終わった……?
「先生、この前はウチの子がとんだご迷惑を」
一応の様子見として、ヨシオ少年の自宅を訪れた。古びれたアパート暮らしで、そこで親子三人で暮らしているらしい。
近場で幽霊を見かける。中年くらいの夫婦の霊で、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべている。無害そうなので放っておいた。
「この前は、すみませんでした」
ヨシオ少年はそう言い、私に深々と頭を下げた。
謝ってもらっても、事態はまったく収まらない。
『猫よけとして外に置いていたら、太陽光でボヤが起きてしまいました』
『ペットボトルの蓋を乳児が呑み込みそうになり、冷や冷やしました』
次から次へと、クレームが寄せられてくる。
「知らねえよ、もう」
これはどこまで、私の責任なのか。
ちゃんと用法を守ってくれ。説明されなくても、霊水は飲むものだと気づいてくれ。
「先生、大変です!」
またいつものように、広報が駆けこんでくる。
今度は何かと、本当にうんざりした。
「今度という今度は、本当にダメかもしれません!」
たしかに、これは大変だった。
「『おかゆ』にして食べさせたら、急に元気になったんです」
今回の報告者は、五十代の主婦だった。寝たきりとなった義理の父を介護し、『ありがたや霊水』を口にさせたという。
「ずっと意識が朦朧としていたのですが、急に頭がはっきりして。そして言ったんです。『ばあさん、飯はまだかのう?』と。ちなみに私、義理の娘なんですけど」
じわじわと、背中に汗が浮いてきた。
「それから、しばらく話す中でわかりました。この義理の父の体に宿ってるのは、『まったくの別人』の魂なんだって」
まるで、頭を殴られた気分だった。
危険な法則が発見された。
塩などと一緒に服用すると、『ありがたや霊水』の吸収に滞りが出る。霊を呼び寄せる力だけが強まり、服用した者が『幽霊に憑依』されやすくなると。
例によって、それを試す者が続出する。その上で、確かに『憑依』でおかしくなったという報告が出てくる。
これはさすがに、言い訳できない。
「先生、これはどういうことなんですか?」
もはや、怒号となっていた。
信者たちの顔には、私への尊敬の念など一ミリも見られない。みんなが怒りの表情を浮かべていて、口々に野次を飛ばしている。
「どういう意図で、あんな危険なものを売りつけたのですか!」
そんな質問に対し、論理的な答えなど返せない。
ただぼんやりと、私は何もない空間を見つめた。
「記憶に、ございません」
詰んだ。
私の霊能者生命、これで終わった。
インチキなんかじゃなかったのに。本当に、世の中の幸せを願っていたのに。
何がいけなかった。宗教団体という形を取ったのがいけなかったか。でも、法人と認められれば税制で優遇されるし、どう考えても有用だったのだけれど。
「先生、申し訳ありませんでした」
今度は静かに、広報が部屋に入ってくる。
返事をする気力もない。呆然と彼を見つめ返す。
「ここ数ヶ月分ですが、『ありがたや霊水』のラベル部分にプリント上のミスがありまして。『ありがたき霊水』になってしまってました」
そんなこと、と私は脱力する。
もう、どうでもいいよ。
だが次の瞬間、頭の中に電流が走った。
「え?」と無意識に声が出た。
なんという、天の配剤か。
「どうも、『ありがたや霊水』の偽物が流通していたようです」
いい作戦を思いついた。
問題を起こしていたのは全部『偽物』。そういうことにしてしまおう。
「『よく似た名前の商品』が通販サイトなどで出回っていたようで、そちらの方で色々と問題が起きていたそうで」
実際、手渡しで売ったものも大量にある。深く考えると絶対に違うのだけれど、ここはこの手で押し切るしかない。
「ありがたや霊水は、一本一本私がパワーを込めた、本当に力のある霊水です。『飲料』として扱う限り、なんの問題も起こりません」
はっきりと断言する。
そして、皆の前でパフォーマンスもした。
用意した一粒のメ○トス。それをペットボトルの中に投入する。
爆発しない。
当たり前だ。目の前にあるのは、ただの普通の水なのだから。
首の皮一枚。どうにか繋がったようだった。
「あの少年の思いつきから、とんだ目に遭っちゃいましたね」
広報がヘラヘラと笑ってみせる。「まったく」と私は溜め息をつく。
でも、今まで想像もしなかった。飲む以外の形で使用すると、あの霊水があんなに危険なものだったなんて。
トイレの花子さんだの、赤いちゃんちゃんこだの、プールの幽霊だの。
私は霊が見えるからいい。だが、それ以外の人間には相当な恐怖だったのではないか。
あのヨシオ少年。彼も、どんな気持ちで過ごしていたのだろう。
些細な実験から、学校が心霊スポットに変わった時は。
「ん?」と、そこで首をかしげた。
ぼんやりと、私は宙を仰いでみせる。
「あれ?」と再び声が出た。
これは、放置していてはまずい問題だ。
思いついた瞬間に、そのまま走り出していた。車を出させるかと思ったが、待っている時間ももどかしかった。
ヨシオ少年のアパートへ。そこで、はっきり確かめないと。
(そしたら、『トイレの花子さん』が出てきちゃいました)
(そしたら、水面から白い手が出てきて)
(花壇のお花に霊水をあげたらどうなのかなって。そうしたら土から腕が)
なぜ、すぐに気付かなかった。
幽霊が見えるのは、私のような人間だけ。普通は霊現象が起こっていても、気配を感じたり、たまに声が聞こえてきたりするだけだ。
なのに、あの少年ははっきりと『霊の姿』を証言していた。
「く」と声が漏れる。
この事実を前提にすると、今まで見えていたものがひっくり返る。
少年、君はなんてことを。
(幽霊が出るって噂の場所だったから。沼に教祖様の霊水を足してみたんです)
実験が目的だ、と当初は言っていた。それにもかかわらず、最初に実行したのが『沼』だったという。学校のトイレやプールではなく、森の中まで出向いている。
そうまでして、何がやりたかったのか。
場面が浮かぶ。少年が『霊水』のペットボトルを持ち、沼の中へと『捨てる』姿が。
彼の両親は、とても信心深い人間だった。多くの霊水を購入し、日曜には『家族三人』であちこちを巡っては、『信仰についての話』を広めようとしていた。
「私は、なんてことを」
インチキなどではない。本当に、世の中のためだと思っていた。
でも、子供にそんなもの関係があるのか。
親が宗教に没頭し、子供である自分が付き合わされる。そのことが、彼の心にはどう捉えられていたか。
「つまり、彼の目的は」
きっと、嫌で仕方なかったのではないか。だから両親のありがたがる霊水を、沼の中に捨ててしまおうと思った。
その結果、『霊が寄ってくる』という現象に気づいた。
あとは、騒ぎが大きくなるように、次々と霊水をあちこちにばら撒いた。『実験』をしたという形にし、あの霊水がいかに危険なものかが知れ渡るよう。
そうして人々が、私に怒りを向けるように。
あんな教団なんて、潰れてしまえばいいと。
「大変だ」
教団は無事に守られた。でも、問題はまだ終わっていない。
私ははっきり、彼のアパートの前で目にしている。
人の良さそうな『夫婦の幽霊』を。
もしも、彼がその点まで実験をしていたら。『塩』を混ぜることで、幽霊を憑依させられるという事実に気づいていたら。
「おや、教祖様。どうなさいましたか?」
アパートの前に辿り着く。信者の夫婦が出迎えてきた。
ニコニコと、人の良さそうな笑顔を向けて。
「ぐ」と声を出し、素早く周囲を見回す。
ヨシオ少年の姿がある。私を見ると、すぐに踵を返して走り出した。
すまなかった、少年。君をそんなに追い詰めていたなんて。
彼はきっと、こう思ったのだろう。
『もっと、別の両親が欲しかった』と。
ちゃんと、説得しなければ。彼に納得してもらわなければ。
「少年。頼む、話を……」
必死に走り、ヨシオ少年に声をかけた。
次の瞬間、耳をつんざくほどの叫びが上げられた。
すぐに周囲の人々の目が向けられる。少年はしきりに叫び続け、恐怖の表情で私のことを指差していた。
「おまわりさん、この人です!」
酷い目に遭ってしまった。
だが、どうにか社会的には死なずに済んだ。
一時は警察に連行された。だが、教団の者たちが来てくれたおかげで、どうにか解放される運びにはなった。
「もう少し、気づくのが遅かったら」
少年はきっと、計画していた。両親だけでなく、教団の信者たちにも『別の霊』を憑依させようとしたのではないか。彼に協力してくれる『優しい幽霊』たちを。
両親や信者たちの『中身』をすり替え、ある時に一斉に『告発』を行う。私がいかに邪悪な犯罪者かと。教団の中でどれほどの非道を行っていたかと。
そうすれば、私は逮捕。教団も解体され、少年は晴れて自由の身となる。
なんという、恐ろしい計画だったのだろう。
「今後は、家庭を巻き込まないように。教えを広めてくれるのはありがたいが、お子さんには『普通の生活』を送らせてやるように」
その後、両親は元の状態に戻しておいた。憑依していた幽霊たちも成仏していった。
改めて、ヨシオ少年の両親を説得し、もっと息子の気持ちを尊重してやるよう言い聞かせた。
もちろん、これは教団内に徹底させた。あくまでも、私の目的は世の中の平和。そのための教団が誰かの幸せを圧迫していては元も子もない。
「これは、いい勉強になった」
霊水の販売もやめる。こんなに問題が起こるのでは、この先も不安が多いから。
代わりに、『いい商品』も思いついた。
「今度は、幸せを呼ぶ『ありがたい壺』だ」
半年間陶芸教室に通い、それらしい壺を作れるようになった。
もちろん、土を捏ねる途中に『パワー』を送り込むことを忘れない。この壺を購入し、家に置いておくだけで幸せになれる。そんなスペシャルなアイテムが完成した。
お値段は、一個一万五千円。またしても良心価格。
水と違って、おかしな使い方もできないはず。霊を呼ぶことにもなるまい。
そんな風に、満足していた。
「先生、大変です!」
慌ただしく、広報が駆けこんできた。
湯呑みで静かに緑茶を飲む。「何かね?」とやんわりと聞いてやった。
「またクレームが来ました。先生の作った壺で問題が起こったと!」
バカな、と耳を疑う。
「幸運を享受できるよう『頭に被った』そうです。そうしたら抜けなくなったと、大変な怒りようでした」
「いい加減にしろ!」
(了)
『ありがたや霊水』のご利用について 黒澤 主計 @kurocannele
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