第4章 痾裡栖─アリス 第1節 4/4

 ——それは一年ほど前のこと、和泉荒志郎は八敷先生と出会い、文化研究部に所属することになった。

 はっきり言ってしまえば、荒志郎ワタシが戦っている理由なぞ、成り行きでそうなったから以外の何でもない。

 たまたま怪異の被害に遭っていた者を助けていたところを先生が見かけ、そのときに勧誘をされた。

 

 部室に入ったとき、とても寂しい風が吹いていたのを今でも覚えている。その部屋に、迎え入れてくれる仲間はいなかった。

 先輩も、同級生も、当然後輩もいなかった。

 でもそれは家でも変わらないのだ。父は研究のため遠くの土地へ、母は幼い頃にすでに亡くなっていた。

 家に帰ってもできることなんて縁側に座って空を眺めていることだけなのだから、どうせなら多少でも有意義な方がいいだろう——そう思い、荒志郎ワタシは文化研究部に入ることにした。

 

 それからしばらくして、美佳が仲間に加わった。最初の頃は、正直言ってあまり良い関係を築けていたとは思えない。

 だが活動を通して互いに為人ひととなりを知ったことで友情ができた。

 ——そしてこの春、幸斗が仲間になった。

 この三人で活動した期間はまだ一ヶ月ほどしかない。だけど活動終わりに立ち寄るカフェやレストランなど、離しがたい思い出が既にできていた。

 三人で寄り集まって、思い出を分かち合う。それはなかなか、心地の良いものだった。

 それが今でも戦い続ける理由なんだろう。

 

 ————つまるところ、ワタシはこの友情を守るために戦い続けているのだ。

 

 

 壁に突き刺さった刀を抜き、相対すべき敵を見つめる。

 正面から距離を詰めた。突進の加速をそのまま力に変えて刀を振り下ろす。

 がち、と響かぬ金属音。刃が重なり合う。

 その独特な形状の剣は、七支刀と呼ばれるものだった。

 刃の刀身が枝分かれし、左右に六本。

 その内の一つが荒志郎の刃を受け止めていた。

 

「ふんっ!」

 

 父、勇志郎が力を込めて手首を捻ると、枝刃に挟んだ荒志郎の刀が圧し折られた。

 本来戦闘向きではなく、儀式用とされる七支刀だが、よもやそのような——ソードブレイカーのような使い方があったとは。

 

錬成せよインタクトッ!」

 

 折れた部分から刀身を生やす。修復された側から再度剣を振るい、打ち付ける。

 そして同じように圧し折られ、それをまた即座に再生させる。

 折れては直しを繰り返す剣戟——互いに体力が、脳の負荷が限界になるまで続ける勢いだった。

 しかしこれを続けていって不利になるのは荒志郎の方だ。どうあっても彼に父を超える能力はない。

 しかし、それを乗り越えてこそのこの勝負だ。

 

 星を識るという大義——それを前にすれば自分が行っていることは寄り道だろう。

 人助けだって、友情だって余計なもの。

 そんなことで命の危機——もっといえば家系、血筋、悲願が潰されてしまう危険を冒すことは馬鹿馬鹿しいと言われるだろう。

 けれど——たとえ無意味だと言われても荒志郎ワタシ荒志郎ワタシの大切なものを守りたい。

 

 それはなんという愚直さか。効率的とは程遠い、トライアンドエラーの繰り返し。

 否、彼にとってはもっとも効果的な方法だったかもしれない。

 刀を通して父の技量すらも解析していく、刃を再生させるたびに彼は成長していたのだ。

 

 ——そしてついに、彼は追いついた。

 

「もう、憧れはありません」

 

 父として、師として常に見続けていた男の背中——それがこんなにも近く。

 剣戟の最中、掴み取った己の異能センス。

 初めの一振りは大太刀——縦に振り下ろせばまるで距離感が掴めない。

 

「くっ、こちらのノウハウを盗みおったか。だがそれだけでは足りんぞ」

 

 太刀は七支刀を叩き折るように衝突する。

 

「ええ、ですから————響鳴せよバースト

 

 手にした得物を自ら粉砕させ、千にも別れた刃の欠片が肉を掠め取る。

 

「小細工を!」

 

 そして次の一振りは初めに使っていたナイフだ——。

 大地を割る勢いで踏み込み、一突き。当然相手は身を引いて避けようとする。

 だがそれが誤りだった。確かに間合いは足らず、刃は届かない。それで充分だと、むしろ反撃の好機だと受け取ってしまった——その瞬間、勝負は決まった。

 

変容せよモディフィケート

 

 間合いがズレる。ナイフが剣に変わった為だ。防ぐという手段を取っていれば結果はまた違っていただろう。

 しかし現実には父の胸に突き刺さる刃があった。

 初めから刀であれば今までと同様に防ぎ、刃を折るという判断ができていただろう。

 だが短剣相手にそれは悪手だと悟ったことで身を引くカウンターの構えをとった。

 

「正直なところ、今の自分が正しいと言い切れる確証なんてどこにもありませんよ。ですが、それはアナタだってどうなのでしょう? 父上」

 

 口から漏れ出る息が空気を震わせていた。

 

「それはこのに問うべきではないだろう。だがまあ、その言葉は今度帰ってきた時に伝えてこい」

 

 その言葉を最後に、父の幻影は灰となって消えた。

 

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『祈現の碧』[PPP]Prevalent Providence Paradigm 宇喜杉 ともこ @Ukisugi_Tomoko

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