第4章 痾裡栖─アリス 第1節 3/4
◇
「さあ——楽しいお遊戯を、はじめましょう?」
中空から降り注ぐ影ありき、姿形は様々でその全てが二人のもとへ集まってゆく。
「夢を焚べて、明日を灰に」
それは道具であったり、人形だったり、人だったりした。
願いに大小は問わない。
溢れ出る過去の願いの具現が浄と荒志郎を襲う。
「量が多すぎる……梁山先輩、ここはなんとかしますから先にっ!」
荒志郎が押し寄せる壁のような敵の一部分を蹴散らし、浄の進行を促した。
「わりぃな、任せたっ!」
すぐに隙間を埋めていく怪異の眷属ともいうべき造物たち。
今はともかく数を減らしていく他に道はない。
四方八方と取り囲んでいく眷属。荒志郎の苦手な多数を相手とする戦いだ。
「落ち着いて……各個撃破でいきます」
位置取りに注意して、敵を一体ずつ誘いだす。
体術とナイフを駆使したしなやかな動き。飛来する物体は切り裂き、向かってくる人型には素早く蹴りを入れた。
「
しかし複数に一気に詰め寄られすぎた——その場合は地面のコンクリートを破裂させて対応する。
極力『解析』の能力は使いたくない。ここで使いすぎると梁山先輩と合流した時に戦えないからだ。
故に最低限で、余力を残したまま奴等を蹴散らさなければ。
「……その甘えが命取りだぞ」
唐突に聞こえてくる声——だが荒志郎はその声に覚えがあった。
「父上……まさか」
取り囲んでいた怪異を退治し、その衝撃で巻き上がった土煙の向こうから現れた人影——その姿が荒志郎の父、和泉勇志郎を模っていた。
「偽物……いや、幻覚ですか……‼︎」
「どちらかといえば幻覚だろう。俺はおまえの記憶にあった父の姿だ。この空間においては、どうやら人が抱いた過去の感情をこのように具現化するらしい」
「では父上、アナタはワタシの……何かしらの感情、というわけですか」
「まあ、そうなるな」
『何かしら』と言いつつ、荒志郎は自身が抱いた感情の正体を知っていた。
父親というカタチが指し示す感情。若き眼が見続けていた広い背中、父であり、師である存在に向けていた感情とは即ち『憧れ』であった。
「ですが——このようなカタチで現れた以上、アナタは敵なのでしょう。乗り越えるべき試練として」
「それで構わんよ。どうせこの場限りの幻だ。本物の俺は別にいるのだろう。いつぶりの稽古かはわからんが全力でくるといい」
悠然と構える父の右手が青く光る。手にした得物は刀、小さい頃の時とは違って真剣だった。
「では、参ります」
風が凪いだのを合図に荒志郎は攻撃を始めた。敵に動く素振りはない。こちらが向かってくるのを迎撃する待ちの構えだ。
対するこちらは攻めの姿勢、斬撃に斬撃を重ねて相手の体力を削っていく。
荒志郎の家は古風な武家屋敷で、道場もあった。武道とは即ち己の精神を見つめる術。星の解析という目的のために異能を授かりし和泉家は、その力をコントロールするために精神を磨き続けていた。
(懐かしい感触だ…………)
道場での鍛錬を思い出す。持っている武器は違えど、こうして父と刃を交えて己の精神を研ぎ澄ましていったのだ。
そうだ、これも同じこと。相対すべきは父ではない、己の精神——試練とは己の未熟さだ。
「せいっ!」
強く踏み込んだ全身の体重をかけた薙ぎ払い。その威力によって相手の体は大きく仰け反り、手にした刀を弾き飛ばすことに成功した。
股下から顎にかけて一直線、防御の姿勢を取れずガラ空きになったその身体にナイフを振り翳す——が、
「甘いぞ」
咄嗟に右手を開けて
それにより本来不可能だった防御を二振り目の刀で実現させる。これが荒志郎と彼の父との差だ。
荒志郎が錬成できるものは直前に解析したもの一つまで。しかし成長すればその限りではない。
先程彼の父が行ったのと同様に同じものを何度でも、さらにいえば直前に解析したものでない別のものですら錬成することができた。
(それが今のワタシにできるか……?)
触れたときに掛かる脳の負担に加え、その情報を保持する力が必要だ。無理を通せば最悪記憶が飛ぶ。そんなリスクを冒してまでするのは憚られることだった。
だが、できるようにならなければ成長はない。
後方へ跳躍し、距離を離した。しかし後手に回った彼を黙って見ているほど勇志郎は甘くない。
右手の刀を側頭部から振り下ろし、空を切って放たれた。投擲による追撃は荒志郎の頬を掠め、その奥の壁へ突き刺さる。
間一髪で避けたことを安堵する間もなく、視線を再び自身の父へ戻した。
「おまえも知っているはずだが、『
右手に浮かび上がる青い力の流れ。
新たに手にした武器は刀というには奇妙な形をしていた。
「故にこんな小細工ができたところでその目的にはなんの意味も齎さない。…………どうしておまえは斯様な戦渦に身を置き、戦おうとするのだ」
その問いはいつかは来ると思っていたものだ。だがしかし、今このタイミングで来るというのは荒志郎も予期していることではなかった。
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