雨降小僧
時輪めぐる
雨降小僧
夜中に、雨音で目が覚めた。
夕方のニュースで大雨になると言っていたのを思い出す。まるで、ドラムを連打しているみたいな音。雨が家を叩いている。
風も強く、大きな
暗闇の中、僕は
(大丈夫かな、明日、学校に行けるかな)
明日は、学校でサツマイモの苗の植え付けがある。児童会長の僕は、全校生徒の前で
(
ふと、外灯で
(何だろう。子供?)
「えっ、僕?」
自分を指差し、思わず声が出る。
『お前だべ』
耳元で男の子の声がしたと思ったら、僕は大雨の屋根の上にいた。
「わぁぁぁ!」
めいっぱい大声を上げても、雨音にかき消される。頭から爪先まで、パジャマごとびしょびしょになったのに、何故か寒くも冷たくもない。
そばでよく見ると、やはり、子供だった。僕より少し小さくて、変な格好をしている。
頭に半閉じの和傘を
「君は
『君は誰?』
「僕が
『僕が訊いているんだ』
「
『真似っこするな』
僕が口を閉じて
『ごめん、ごめん。オラは
「雨降小僧?」
『お前、名前は?』
僕の質問に答えないで質問かよ。
「……ユウキ」
『ユウキ、遊ぼう。ほら、この家の屋根は
雨降小僧は、屋根の
『ほらほら』
屋根の下の方から、振り返って
こいつ何? とか、雨降ってんじゃんとか、夜中に屋根の上とか。突っ込みたい事を全部忘れてしまいそうな笑顔だった。
「うん」
僕は屋根にお尻を付けると上半身をグンと前に倒した。勢いがついて滑り出す。あ、下に落ちちゃうと、思ったら雨降小僧が片手で止めてくれた。
「あ、ありがとう」
『面白いべ。
僕は
二人で何度も何度も
そうこうする内に雨は更に激しくなって、眼下の道路が
『もっと、
雨降小僧は提灯を
それに連れて、
楽しい気持ちは吹っ飛んで、僕は不安になる。
「ねぇ、君が降らしているの? やめて」
『何で? 楽しいべ?』
公園の向こうには川が流れている。きっと、増水しているだろう。川が
「洪水になっちゃうよ」
『オラには、関係ないべ。もっと、降れ! もっと、降れ!』
雨の勢いが増す。どうなってしまうのだろう。
僕は怖くなって泣き出した。
「やめて! やめてよう!」
僕は、雨降小僧の腕を
『ユウキも、目から雨を降らせてるべ』
「ちがう! 泣いているんだ!」
『ユウキ、泣いているんだべ? 楽しいべ?』
「楽しくなんかない! 怖いんだよ。洪水になったら、皆困るんだ。せっかく作ったサツマイモ畑の
『ユウキ、怖いのか? 楽しくないべか』
雨降小僧は、目をパチパチさせた。
手を離し、僕は大きく
『人間は、雨が欲しくて雨乞いするべよ? 雨が降ると喜ぶべ』
「そりゃあ、雨が全然降らないのは困るけど、降りすぎるのも困るんだ」
『……わがままだべ』
「そうかもしれないけど。学校の先生も言っていたよ。何でも、ほどほどが良いって」
雨降小僧は『ほどほど』と言って頭を
『オラは、雨が降ると楽しいべ。でも、ユウキは、降ると困るんだべ』
「ごめんね。君が楽しい事を、やめてって言って。でも、明日、サツマイモの苗を植える全校集会があるんだ。こんなに雨が降ると出来なくなっちゃうよ」
足元が滑るから
猛烈な雨の中で目を開けていられるのが不思議だ。
『なんだ。そんなことが心配なんだべ。オラは、ユウキと遊んで楽しかったべ。だから、ユウキが、困ることはしたくないべよ。なら、こうするべ』
同じく棟に跨った雨降小僧が空に向けて口を大きく開けると、雨が吸い込まれるように入って行く。口はドンドン大きくなり、雨降小僧の身体よりも大きく広がっていく。
僕は声を失くし目を見張った。
「ユウキ、学校に遅れるわよ」
階下から呼ぶお母さんの声で目が覚めると、僕は
(そうだ、雨は)
急いでカーテンを開けて外を見ると、ピカピカの晴れだった。空には
(良かった。雨降小僧のおかげかな?)
「ん? 雨降小僧ってなんだよ」
自分で突っ込む。昨日の夜、向かいの家の屋根で一緒に遊んだ気がするけれど、そんな訳ないか。夢でも見たのかな。
「あーっ、何だこれ」
気が付くと僕のパジャマは
『ユウキ、またな』
耳元で声が聞こえた気がした。
雨降小僧 時輪めぐる @kanariesku
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