或る遺跡発掘調査員の、と或る朝

茶ヤマ

或る遺跡発掘調査員の、と或る朝


鏡に映る漆黒の羽を見つめる。

光を受けると白く輝くこともあるその羽を、私は誇らしく思っている。

私ことHMS2018は遺跡発掘調査員である。今日も新たな発掘現場へと向かう準備をしている。


くちばしで鞄を引っ張り、その紐を首に渡し、身支度を整え、小型空機に乗り込む。今日は、新たな遺跡を調査する日だ。

何が見つかるだろうか…、私はくちばしをわずかに開けて、嬉しげな声を鳴らしそうになった。

私の持つ小型空機は、二羽しか乗れない本当に小型のものだが、私は一羽暮らしだし、少しの外出時でも小回りがきく。十分な乗り物である。


あちらこちらへ赴く私にとって、自分の羽を使い飛んで行くのは非効率的だ。

そもそも、自羽で遠距離を飛ぶという事を行うものなど、まず居ない。

運動に熟達しているものたちならば、ある程度の遠距離は飛行するが、仕事に行くのに丸一日どころか、何日もかけて飛行して行くものはいないだろう。


本日の旧文明の遺跡の蓋を開ける場所を確認する。

操縦席に乗り込み、左脚でオートマップを開き、脚指で目的地をインプットし、最適空路を導きだす。

脚指には、モニターや、繊細な器具を傷つけないよう、爪には特殊カバーを付けている。安い無骨なものではなく、シンプルかつ、自分の地肌と似た色であり、肌触りも良い。また、物を掴む時や脚指を動かす時にもなめらかであるため、とても気に入っているカバーである。

大丈夫だ、集合時間までには十分間に合う。

座席に座り、脚を上げて操縦装置を握った。


ふと、操縦席のガラスにわずかに映る自分を見る。

私は自分のこの色が好きだが、漆黒至上主義ではない。

今でこそ、まだら模様も、グレーも珍しくなくなったが、かつては「漆黒こそが最高美、それ以外を認めない」、この考えは本当に当たり前の考えだったのだ。


まだら模様のものは漆黒のものより醜く、劣っている存在である。

漆黒を持つものが多数を占めているだけであるというのに、そのような考えから、まだらを迫害し、差別を行った。

わざと落ちにくい黒色染料を塗り付けたりもしたらしい。

遠い遠い過去の歴史とはいえ、目を背けてはいけない歴史の一つである。


そのような自分たちの歴史や文化を調べることはもちろんだが、旧文化と呼ばれる前代文化保持種族、通称「ヒト」の遺跡発掘を主としている。

この「ヒト」の旧文化痕跡は、地中のそこかしこに残っていて、発掘に行くのは楽しい。


数年前に発掘した遺跡は、居住跡と道の跡と思しきものだった。

発掘された床材と柱の跡を、爪カバーをはめた脚でそっと触ってみた。かつて「ヒト」はこのように地面に限りなく近い場所で生活をしていたのか…と。


そう。「ヒト」は地面の上に住む場所を作り、地面を足で歩いていたらしい。


「ヒト」文化の発掘調査研究をしていると、我々の文化にも触れる事が多い。

我々も旧羽時代には、「巣」と呼ばれる枝や泥、羽毛などで作られたカゴ状のもので暮らしていたようだが、今では屋根や壁を作り暮らしている。その方が暮らしやすい。



さて、今回の遺跡は、訓練させたワームを潜らせて調べさせたところによると、「ほん」と呼ばれる、旧文化での文字が描かれた綴り物が多数存在する空間だそうだ。

しっかりと密閉され、広い箱状の空間になっているらしいので、内部の物の状態はとても良いと思われる。

更に「ほん」の多さに、何か特別な施設だったのではないか、と推察されているらしい。


これまでも「ほん」は見つかってはいたものの、とにかく破損した状態のものが多く、今回の遺跡では、完全体のものが存在するのではないか、と期待が寄せられている。


「ほん」は脆く、我々の脚指の爪、またはくちばしでは、すぐに千切れてしまいかねない。

そのため、私たちのような遺跡発掘調査員は普段から脚指にカバーを付けて生活をしている。

発掘の際に、普段と同じ動きができるようにだ。


「ほん」に描かれている文字の種類は多様であり多岐にわたる。

発掘される場所が違うと、まったく違う文字になり、文法も異なってくる。

不思議な事に、私が暮らす国で発掘された「ほん」の文字が、まったく違う国で発掘された「ほん」の一つで使用されている、などという事もある。

おそらくは国と国で交流があったゆえ、なのだろうが、違う見解も待たれるところだ。


この「ほん」という遺物に描かれている文字なり絵画なりを解読することで、旧文明では、どのような歴史をたどったのか、どのような生活をしていたのかを知り、私たちの今へとつながるのではないかと思っている。


前代文化保持種族の「ヒト」は、なぜか全滅してしまった。

「ヒト」は自ら滅んだのか? それとも何か外的要因があったのか?

兵器が発掘されたことから、戦争説が有力視されている。だが、大規模な戦場跡は見つかっていない。

ならば環境汚染で住めなくなったのか? それなら、なぜ今の我々が生きているのか?

疫病による滅亡か? だが、病に適応する個体が一つもいなかったとは考えにくい……。


今回、発掘される「ほん」が多数ある遺跡で、それらの事がわずかにでもわかればよいのだが……。

できれば、発掘するその「ほん」に明確な答えがあって欲しい。

それはあまりにも都合のよすぎる大きな願望ではあるが、わくわくと高揚した気分を落ち着かせることはできそうにない。


私は、はやる気持ちを抑えつつ、安全運転を心がけながら現場を目指した。




・・・・・・・・・・・・・・・・


HMS2018たちが発掘した、大量の「ほん」がある遺跡。

そこにあった「ほん」を、HMS2018を始めとする調査員たちは、はやる気持ちを抑え、慎重に慎重に脚で開いていく。


もしかすると、ここに「ヒト」が滅んだ理由が……

調査員たちは息をのむ。慎重に、慎重に、脚でページを開く。


『日本昔ばなし』

日本…?昔ばなし……?

これが…歴史、なのか?


その周辺にあった「ほん」は、HMS2018たちが期待したような世界の真実を記した書ではなく、その多くは虚構、虚実、空想が綴られた物語であった……。


ただ、数ヶ月後、HMS2018が目にし驚いた「ほん」の内容があった。

白人至上主義、有色人種差別……HMS2018たちの先祖と同じような事を「ヒト」もしていたというのか……それとも、これも虚構か。


「県立図書館」という文字が掲げられたその施設。

滅亡までの事をえがかれた書物は存在しなかったながらも、「ヒト」が辿り行ってきた流れが記された「歴史書」がいくつか見つかり、それら全てが読み解かれるまでに、まだしばらくかかりそうである。






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