神隠し神社
ドラックストア内に併設されてある薬局には待合室のように長椅子がある。その真横には液晶テレビが設置されておりお昼のニュース番組が流れていた。
ちょうど気になっていた事件の続報がトップで取り上げられた。
行方が分からなくなっている女子高校生の所持品、昨夜に地下鉄O駅から徒歩十分の神社で発見される——
マジかよ。その神社って……。
ここへ来るのは中学生以来か。地下鉄駅の階段出入り口前にはコンビニが新しく出来ていた。
夕空にはヘリコプターが旋回している。報道用のヘリか。
この橋を渡った先にあの神社はある。
夏休みに一度だけ肝試しでもしようとなり裕太郎が絶好の場所があると案内してくれた。
肝試しは俺と裕太郎を含めて男子四人ですることになったのだが、その内の一人がある道へ進むとそのまま消えていなくなるって噂を知っていたんだ。
あの噂ってまさかガチだったのかよ。だったらもう一人消えた人がいるからその噂は広まったんじゃないのか。
いや、今回の場合は普通に考えたら
規制線が張られて中へ入れることはないだろうが、とりあえず付近まで行ってみるか。
橋を渡るとそこからさらに横断歩道を渡り伸びる歩道から左側は田んぼで埋め尽くされている。右側は車道を挟みでかい一軒家が所々、建ち並んでいる。
自然が多いとはいえ周囲に人はそれなりに住んでいる。悲鳴の一つでも上げれば誰かが気づきそうなものだが。
その前にコンビニに寄って飲み物でも買うか。
「……あぁ、警察が防犯カメラ見せてくれって来ましたけど流石に教えるのは無理ですね」
ゴミを捨てに外へ出てきたコンビニ店員に女性が話しかけていた。会話の内容から今回の事件に関連することを聞いているように思える。
店員が去るともぞもぞしていた。年齢は二十代後半あたりか。
「あの、いきなり失礼します。今、騒がれている失踪事件について何か調べているのですか? 実は僕もちょっと気になることがありまして……」
女性は振り向く。
「気になること? それは何ですか」
「くだらないかもしれないですけど、行方不明者の所持品が発見された神社ってある道の先へ進むと人が消えるって噂が僕が中学生の頃からありまして、それでまさかって思って来てみたんですよね」
萎んでいた風船が膨らんだように体が動いた。
「その噂、私も知っています」
このコンビニの駐車場はでかい。他にも休憩スペースとして二つの椅子と丸いテーブルが二組置かれていた。
飲み物を買いそこへ座る俺と山根さんという女性。
「あなたがその噂を流したって言うんですか?」
「はい。流したというか昔、友達同士で怖い話を出し合うことになりまして、それでこれといったネタがなかったので仕方がなくって感じです。まさか、そこまで語り継がれているなんて驚いています」
「話したのはいつ頃ですか?」
「私が小学六年生の頃なのでもう十五年以上前ですかね」
「その、山根さんは誰からその話を?」
「……子供二人が神社で遊んでいてその内の一人が消えた、私こそ消えていない方なんです。噂の出発点は私です」
おい、噂の発生源がこの人だって言うのか! すごい展開になってきた。
「既に一人あの神社で消えた人がいるんですね。だから山根さんもたまらず来てしまった」
「はい。二人目が現れたって事はあの神社やっぱり何かがあるんですかね。その所持品は神社内のどこで見つかったのか知りたかったのですけどもしも……」
「例の道だったら?」
「そうです。あの道だったらあそこは神隠し神社です。遊び半分で行ってはならない正真正銘の」
心霊スポットを訪れても九割九分は何事もなく終わるものだが極稀に本物が混じっていることがある。それがあの小さな、地元住民しか知らないような神社だとは。
「あの、山根さんのお友達もあの神社で消えたんですよね? 未だに発見されていないということは」
「はい、今回みたいに大きく報道されましたよ。約二十年前に失踪した、名前は宮田はな」
「やっぱり。僕も知っています。小学校の廊下にチラシが貼られていました」
「そうですよね。有志でチラシを作って広い範囲に配られたので学校にあってもおかしくないと思います」
「宮田さんは自宅とは逆方向へ向かったそうですが、その理由はご存知ですか?」
「それについては訂正しなければいけなくて、雨が降ってきたから帰ろうとなって別れたとありますけど、その雨が降ってきたと同時にはなちゃんがあっちへ行ってみたいって言うもんですから私も付いて行ったんです」
山根さんは神社のある方向へ指差した。
「ここが別れたとされる場所ですか! でも別れずに付いて行った?」
「はい。その目的地が神社だったのです。はなちゃんなんで知っていたのでしょうね。ここから十分ほどにある小学校へ通う子なら知っていると思いますけどはなちゃんは隣町の学校に通う子。年齢的にもまだ知らないと思うのですけど」
「そうなんですね。じゃあ山根さんと宮田さんはどうやって知り合ったのですか?」
「ほんと偶然です。スーパーのゲームセンターでばったり会って仲良くなりました。それでまた遊ぼうってなって」
「なるほど。山根さんは宮田さんが消えてしまう瞬間を見てしまったのですか?」
「いえ。私は鳥居の前で待っていました。あの神社ってやっぱり木々に囲まれて怖いじゃないですか。はなちゃんは一人でも入ってみたいって言うから待っていました」
「夜になると肝試しにぴったりですもんね」
「それで、なかなか戻って来なくて私も中へ入りました。境内にはいくら探しても居ない。階段を降りる途中にも道があったので、そこへ行ってみると……はなちゃんが神社へ着く前に拾って持ち歩いていた木の棒が落ちていました。特徴的な形だったので間違えがありません。しかも足跡もあった。それで私は怖くなって逃げ出した。これが事の真相です」
当事者によって聞かされたその真相はパソコンの前で読むとは桁違いの臨場感があった。
「それは警察には話されたのですか?」
「いいえ、話していません。今日、初めてここまで話しました」
「どうしてですか?」
「なんでなんでしょうね。やっぱり話してもどうせ信じてもらえないって思ったのでしょうね。神社の中で突然、姿を消したなんて。でもはなちゃんが向かった方角は教えました。あの神社内も大勢で探していたって様子を見に行ったお母さんが言っていました。それでも見つからないってことは……」
「神隠しって事ですか?」
「そうですね。オカルト好きの間では神隠し、或いはどこか異世界へ飛ばされたじゃないか? って疑いたくなる事件もあるんですよね。この件もそう言って差し支えないのかもしれません」
警察が神隠しなんて公式で発表できるわけがない。山根さんが真実を話せなかったのも分かる気がしてきた。
「もしも神隠し、異世界へ飛ばされたなら……宮田さんはどこかで生きているってことになりませんかね?」
「そうか。確かに、殺されたわけではないならどこかで生きているってことも。それが例え異世界だったとしても」
そうだ。宮田さんは生きているかもしれない。そう捉えたら少しは希望が持てるんじゃないか。
「しかも、もしかしたら歳を取っていない……」
「えっ、何ですか?」
「いえ。それと、今回いなくなった女子高校生の方もなぜあの神社へ行ったと思われますかね? 有名な神社でもないし」
「それは私も気になっていました。学校は千葉県にあって自宅もその近辺なんですよね、きっと」
「地元の人ではないのに、その神社のことを調べてわざわざ行く動機って余程の神社好きなんですかね?」
「そうなんですかね……」
なぜあの神社へ?
それはこの二つの事件に共通していることだった。
何かの縁によって引き寄せられる力があの神社にはあるのか。
俺は今日、山根さんからこの話を聞けたことによってますます人智を越えた何かを信じるようになった。
宮田さんも、女子高校生の方もここで見つからなかったとしても、どこかできっと生きている。
(了)
行方不明者の写真 浅川 @asakawa_69
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