美味しければいいってもんじゃない！ 年末冷蔵庫救済作戦

ロスの面影なきフロマージュ・スフレ・オ・ポティロン

　俎上に寝るは鯉ならず南瓜。すでに忌まわしき緑青の痕跡なく、まだらに黄色を見せる身に躊躇いなく入刀。これは介錯ではなく、回復のための執刀です。良い大きさになればボールに移しラップをしてレンジ四分、術後を待ちましょう。

　さて残った端っ切れビスキュイは手頃なパウンド型に詰め込み詰め込み。元の切れ端では型の底と形が合わずとも、適当に切り貼りモザイクで埋め立てれば良い。コラージュも芸術の一手法。ピカソとブラックを見よ。いや、作業結果はモンドリアン風ですが。

　レンジが鳴いたら南瓜から皮を除きますが、捨てるのかと思ったそこのあなた、正座して反省しなさい。南瓜も茄子も胡瓜も見目を優先して栄養の豊富な皮を蔑ろにするとは、その態度こそがロスを招くのだ。後ほど汁物の具になります。果肉の三倍のカロテンのみならずポリフェノールと繊維が美しき女子大学生を作るのだ——たぶん。……願わくば。

　願いつつ潰した南瓜に砂糖を溶かし混ぜ、クリームチーズ投入。どこから出て来たのかと思いなさるな、パーティのディップの残りです。これも開封してしまうと寿命短し。密封状態ならばそこそこ長いのに。ちょっと待ってなにそれ昨今の食物包装技術凄すぎる。開封後保存性能の向上、今後に期待。追加で朝ごはん用、常備食ヨーグルト入れます。あ、大人なお味のラム酒もどうぞ。嘉穂、魅惑の大人な女性目指しているので。うふふ。

　滑らかに白の筋が無くなるまで、全体が鮮やかな橙へ変われば次は卵白！

　本来なら全卵を使うがエンジェル・ケーキ同様、卵白だけで天使の羽のような軽さを求めましょう！　イタメレ（イタリアン・メレンゲ）など面倒ごとは結構です。ホイッパーを手にあっというまにメレンゲ完成。フレンチ・メレンゲゆえにアパレイユはフロマージュ・オ・ポティロンと呼ぼうぞ。ズッカではなく。なぜこれをフレメレと呼ぶのを聞いたことがないのか疑問である。スイス・メレンゲはスイメレだろうか。

　さて、作戦最終段階に入りました。

　メレンゲは半量ずつアパレイユへ。半量はストレス発散と共にホイッパーで思い切りかき混ぜ（膨らみムラ防止）、半量はゴムベラで掬うように。ほわふわな生地はビスキュイの上へ注ぎ注ぎ……おっとオーブン予熱完了！

　ここでパウンド型には深いオーブン皿に入っていただきます。ええ、さらに大きいパットとか無いので。冬の寒ーいアパートで熱いお湯に浸からせて……ああ温泉行きたい。

　行ってらっしゃい、湯煎焼き三十分！

「できたぁっ！」

　表面がすでにふるふる震える黄色眩しいケーキがオーブンから外界へお出ましになりました。美しき新しき命よ、なんとも生まれたての姿は柔らかで脆く、されど幸福の兆しを秘めていることか！

　冷やしてナイフを入れたら今にも崩れそう。そっとお皿に載せて、シナモンをひとふり。このひと手間が肝心です。

　生誕なされたのは、まさに急死に一生を得たフロマージュ・スフレ・オ・ポティロン！

　鎮魂歌の代わりに神々しきresurrection（復活）の合唱が響き渡る！

　冷蔵庫の中は腐敗の予兆は影形もなく、翻って冷蔵庫外には明日までの心と体の栄養、安寧の源よ。

　これは正しき冷蔵庫内掃討作戦。

　世界で平和のためと謳い掃討作戦に踏み出す愚者ども、笑止千万な建前を引っ込め今すぐに憎むべき争いをやめよ。かような行いこそ非道残虐に繋がるものではないのか。

　嘉穂の本日の作戦こそ、平和のために実行に移された、毒化の根源を滅し心身の安泰と幸福をもたらす掃討作戦である。

　願わくば来たる新年にこそ、世界が安寧でありますよう。

　胸の高鳴りと共にひとくち、甘くて軽い南瓜の味は、スパイシーな香りと相まって、瞬く間にしゅわりと溶けた。

　料理が美味しいのは当たり前。大切なのは、いかに手早く、お洒落に、かつ無駄もなく、幸福な時間を作ること！

　美味しければいいってもんじゃない！

　完

　ヨーグルトはサワークリームでも可能です。できればギリシャ・ヨーグルトを。

　砂糖の一部は蜂蜜でも美味しいと思います。ラム酒は無しでも大丈夫。生地にコーンスターチを入れるともう少し安定した焼き上がりになると思いますが、なしだとしゅわっしゅわになってくれました。

　近況ノートに完成写真を載せます。

　https://kakuyomu.jp/users/Mican-Sakura/news/16818093091174844000

　resurrectionは「復活」、キリストの復活などに用いられる単語です。例えばJ. S. バッハのロ短調ミサ曲をお聞きください。