美味しければいいってもんじゃない! 年末冷蔵庫救済作戦

蜜柑桜

フードロスを阻止しフード・クリエイトせよ

 年末となると何かとイベント料理の機会が多い。冬季休業間近、ここまでお疲れ様と同期で打ち上げ持ち寄りパーティ、冬至が来たと南瓜の煮物、続けて一年で贅沢頂上決定戦なクリスマス・ディナー。そのたび、うきうき台所に立っては皆で食して自分たちで感動する。

 なんとも満たされる季節である。舌と胃腸を満足させるだけでなく、心をも満たす至福の時。「ああ今年もちゃんとこの行事に料理を作った」という任務完遂の計り知れぬ達成感に酔いしれる日がこうも間隔をあけずに続く、これこそ年末。

 しかし、人は気づく時が来るのである。

 イベントの特別な料理のためには特別な戦力(食材)が必要であり、その特別部隊(食材)も役目を終えれば、余力をじわじわと減じながら最期の時へ近づくことを……




「う、あぁ」

 嘉穂が初めの残党に気がついたのは、冬季休暇に入って今日は風呂掃除をしようと決意した朝であった。朝食用の果物を取り出すべく冷蔵庫を覗き込んで目に入ったのは、赤く艶めく林檎や目に眩しい橙のオレンジと並んで、まるきり主張の地味なごわごわした濃緑……の皮。

 南瓜である。

 昨今の物価高、カット南瓜よりも丸ごと南瓜の方が安いし日持ちもする、と小さめサイズを買ったはいいが、冬至の日に半分を煮物にして残りをそのまま冷蔵庫に放置していた。

 嫌な予感がしつつも取り上げてみるや、やはり。

「やってしまった……」

 やや弾力に欠ける感触がもうその合図である。皮面に浮かび上がる青い斑点は、言葉にするのもおぞましいあの忌むべき害毒である。

 幸い、皮も大部分は無事であり、実の部分の損傷はわずか。ワタと種がつきっぱなしだったらば現状の姿は保っていなかっただろう。取っておいた自分ぐじょぶ。

 ひらめくや野菜室を足で押し閉め、上の扉を開ける。標的ターゲットはクリスマス・パーティで生まれてしまった一等兵ども! すなわちスポンジビスキュイの残りにアングレーズ・ソースには役目なしの憂き目を見た卵白である。

 そう、普段の食事であれば、その時にある食材を適当に使いたいように食べられればいいやの感覚で作ればよかろうが、特別料理というのはそうはいかない。食卓を彩るべきものたちは然るべき配合にて素敵に仕立てられねばならぬ。

 本年のクリスマスの主役、二層のムース・ケーキは土台のジェノワーズとムース用アングレーズ・ソースが要された。しかしながらジェノワーズを直径十五センチ女子四人の丸型ケーキとかいう可愛らしいサイズのために土台分だけ焼くなど材料面でも加熱面でも不可能であり、はたまた高貴なムース様ともなればカスタード・クリームに類するアングレーズ・ソースをベースにするが、この御仁、卵黄しかいらないとかいう我儘者なのである!

 というわけで冷蔵庫内にて残党伏兵となったものたちよ。普段であればここで慌てることもなく、南瓜は例の害毒を取り除き、ジェノワーズはそのまま置いて、数日かけて処分すればと思うだろう。

 だが時は年末。伏兵に気付かぬふりしてのうのうとしてはいられない。

 実家帰省が明日なのである!

 南瓜は切ってしまっている以上足は早く、ジェノワーズは庫内にて乾燥の一途を辿り……このままでは、年始を超えて下宿に戻る頃にはいかに無惨な姿でここに在るか想像に難くないどころかありありと思い描けてしまう。謹賀新年祝賀ムードは一気に鎮痛なレクイエムを背景に骸となった食材を泣く泣くごみ箱へ葬送せねばならないことは定められたる運命である。

 欧州においては冬至頃の豊穣祭ユール、および聖者の誕生に際して生まれたもうものたちを、豊穣・誕生と真逆の滅亡へ至らしめるなど、誰が許そうとも嘉穂が許さぬ。


 エプロンをキュッと絞めると、嘉穂は包丁を手に構え、まな板にて処遇を待つ南瓜と対峙した。

 

 

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