後編:お前らの魂胆はお見通しだ!!
これは『ババ抜き』。
殺人事件の犯人という『ババ』を渡し合い、最後にそれを持っていた奴が負け。そして敗者は『雪女』のことを白状し、その場で殺される運命を負う。
恐るべきデスゲームの開幕だ。
だが、俺だって馬鹿じゃない。お前らの思惑なんかに乗るものか。
「思うんだが、これって『自殺』なんじゃないか?」
深谷の遺体の横で跪き、俺は推理を聞かせてみせる。
「ほら、胸のところが少し濡れてる。血液じゃなくて、多分水だ。凶器は見当たらないが、多分探しても見つからない」
「つまり?」と管理人が問う。
「『ツララ』ですよ。それで胸を刺したんです」
真に迫った口調で、俺は説いてみせる。
「よく考えてみて下さい。部屋は内側から施錠されていた。そして、ドアや窓枠などは全て凍りついた状態になっていた。こんな密室状況で人を殺すなんて不可能。つまり、『自殺』でもない限りはありえないんです」
「ほほう」と管理人だけは深く頷く。
俺、一体何やってんだろう。
本当は雪女がやったのに、何を真面目ぶって仮説なんか。
「俺は思うんですけど、深谷は自殺した際に、それを『自殺』だって思われたくなかったのかもしれない。保険金とか、何か事情があったのかも。だから、この部屋を完全に密室にし、その上で氷漬けにするなんていう、おかしなことをやった」
「なぜ、そんな風にしたんだね」管理人はノリがいい。
「雪女、をイメージしたんだと思います。もちろん、俺はそんなものが現実にいるとは思わないし、雪女と会った経験など過去に一度もありません」
ちゃんと言っておこう。なんか危ないから。
「このような氷漬けの部屋。そしてツララで刺し貫かれた死体。なんとなく、雪女辺りがやりそうな事件現場に見えませんか。それに見せかけて、深谷は自殺したんです」
「むむむ!」と管理人は眉を吊り上げる。
これは、手ごたえアリか。
この感じならば、うまく乗り切れるかもしれない。
「いや、それはないな」
「ああ、絶対にない」
竹次郎と梅三郎が、ニヤニヤ笑いながら首を振る。
「どうしてだ」
「ツララで胸を刺すとか、痛すぎるでしょ。あと、雪女のせいにするとか、さすがにね」
「それで人を騙そうとする奴とか。本当にいたらビビっちゃうね」
「く」と俺は声を出す。
やはり、ちょっと無理があったか。
「うん。そうだね。発想としては面白い。でも、私も自殺はないと思うな」
面白がるなよ。
「夜にね、私は物音を聞いてるんだ。こう、ガンガンって内側から戸を叩く音。それで気になったから、ここの部屋の前まで来て『何かあったの?』って聞いたの。そしたら音が止まったから、その場は帰ったんだけど」
そんな音しただろうか。毛布を被っていたから覚えがない。
「もしかすると、それが襲われていた時の音だったのかもしれない。だから、自殺というのはないと思う」
ここへ来て新情報。
「でも、雪女っていうのは気になる話だな」
竹次郎が言う。「そうだね」と梅三郎も頷いた。
「雪女。俺は会った経験がないからわからないけど、意外と本当にいるのかもな」
「そうだな。『雪女』を連想するのまでは、いい線いってるような気がする。もちろん、俺も雪女を実際に見た経験はないんだけどさ」
竹次郎と梅三郎は、しつこく予防線を張る。
「たしかにこの部屋の密室状況、雪女と関連がありそうだよな。俺は会ったことないけどさ。意外とこの密室を作った誰かは、『雪女』を連想させたかったのかもしれない」
「それは、どういうことだい?」管理人が竹次郎に聞く。
「言ってみれば、『犯人』についての連想です。『雪女』と言えば、話の中では雪山で男と会った後、その男の妻になりますよね。人間に化けて」
「そうですね。つまり、深谷が現在付き合ってる女なんかが『雪女』の可能性がある。もちろん、俺はどっちとも会ったことはないですけど」
竹と梅。交互に推理らしきものを語る。
「つまり、何者かが深谷くんを殺した後、雪女がやったような状況を作り出した。そして現実にいる深谷くんの恋人が、『もしかして雪女なんじゃないか』と誰かが疑うように誘導した。そういうことか」
管理人さん、本気で言ってますか?
竹次郎が「そうです」と頷く。
「ありえるって、思いませんか?」
思わねえよ。
「いやあ、でもどうだろうねえ。誰かに罪を着せるにしても、じゃあ、殺した後にどうやってこの密室を作ったのか。そこに説明がつかないじゃない。本物の雪女がいて深谷くんを殺したって言われる方が、まだ信じられるんだけど」
だったら信じて。
「その線は、ちょっと難しいんじゃないかな。だから、不合格だね」
ニコニコと微笑み、管理人が頷いた。
俺は、この人が苦手かもしれない。
そもそもこの山荘。サービスが悪かった。俺は四人の中で一番遅くに来たのだが、玄関にはスリッパが用意されていなかった。「あれえ、人数分用意しておいたんだけどねえ」と管理人は言い、仕方ないからしばらく靴下だけでいるよう言ってきた。
竹次郎と梅三郎も、仲良くなれたと思ったが、とんだ勘違いだ。
こいつら、夕食の時にも食事をタッパーなんかに詰めて、食い意地が張っていると思っていた。そういうところで、やっぱり人間性が出るんだな。
「あれ、でも待てよ」
話が終わりそうになったところで、竹次郎が目を見開く。
「雪女か。そう、雪女なんだよな。この連想から出てくるもの。忘れちゃいけないな」
ポンと手の平を拳で叩き、俺の方を見る。
「『雪女』って言ったら、作者はラフカディオ・ハーンだよな。そして、ラフカディオ・ハーンと言えば、たしか日本に帰化して名前が変わった」
「ああ」と管理人が口を開く。
まさか、と冷や汗が浮いた。
「たしか、『
ぐ、と息が漏れる。
「なんか、最近も似たような名前を聞いたよな。なんだったか」
わざとらしく、双子は俺の顔を見る。
「そう言えばお前の名前、『
竹次郎の言葉を聞き、管理人がハッと目を見開いた。
「もしかするとこれ、『ダイイング・メッセージ』だったんじゃないか。意外と、ツララで刺された後に深谷はしばらく息があって、この部屋に逃げ込んだ。それで、犯人の情報を伝えようとして、雪女を連想させるこの密室を作ったんだ」
「さすがに無理だろ!」
「どうかな。でも、この符合は無視できないよな。お前はさ、深谷と過去に何かあったんじゃないか。それで、この山荘に来たんじゃないのか」
「そうなのかい?」管理人が真剣に聞く。
「いえ、違いますよ」
「とりあえず、小泉の部屋を調べてみよう。今から、みんなで移動しようぜ」
竹次郎が笑い、入口へ向かおうとする。梅三郎も隣で肩を落としていた。
何か、まずい予感がする。
俺の部屋を調べられても、都合の悪いものは何もない。
でも、本当にそうなのか?
もしかすると、既にこの双子は部屋に『何か』を仕掛けているのかもしれない。いざという時に俺を嵌めるために、犯行の証拠に見えるものでも置いたのかもしれない。
だから、このままではいけない。
「待ってくれ。今、気づいたことがあった」
とにかく行かせたらいけない。その場できっと俺は詰む。
まずは密室。そこに説明がつかないと。メジャーな方法としては何があるか。最初に鍵を持っていて、あとで部屋に投げ捨てて発見した振りをするとか。
他にも、何かなかったか。
記憶を探る中、ふと頭の中に光が差した。
「そうだ! 怪しいと思ってたことがある!」
胸の奥まで熱が籠る。興奮で呼吸が乱れてきた。
「さっき、俺たちがここでドアを破った時、『ここに居なかった奴』がいたんじゃないか」
この方法でなら、密室に答えを出せる。
「たしかにあの時、俺と管理人さん。竹次郎と梅三郎の四人がいた。でも、『その時にいた四人』は、本当に『今ここにいる四人』と一緒なのか?」
問題提起をすると、双子は一斉に眉をひそめた。
「もしかすると、お前らに顔がそっくりの『三人目』がいるんじゃないのか?」
そうだ、と頭の中がクリアになる。
実際に、これまでにおかしなものを見ている。
俺の履くはずのスリッパがなかったこと。これは『もう一人の客』が先に来ていて、余分にスリッパを履いていったせいではないのか。
そして、竹次郎と梅三郎は夕食をタッパーに詰めて持ち帰った。
「そもそも名前がおかしい。竹と梅がいるのに、『松』がいない。お前たちは本来三つ子で、『
二人を指差し、はっきりと指摘する。
「お前たちは、本当は三人で来ているんだろう。そうして、宿泊費を一人分浮かした」
これは、間違っていない気がする。
「その証拠に、お前らのどっちかは昨日、飲み物を取りに行くと言って部屋を出た。自分の部屋の鍵を持たずにな。それなのに普通に部屋に入って戻ってきた。それは、中に『もう一人』がいて、内側から鍵を開けてくれたからだ」
双子は顔を青ざめさせる。
「だから、お前らの内のどっちかが、ずっとこの部屋の中に閉じこもってたんだ。そして、ドアを破る時に一緒だった『もう一人』は、みんながこの部屋で深谷の遺体に気を取られている間に廊下の先に去った。そして室内に潜んでいた奴が、普通に合流してきただけだ」
「一晩も、こんな寒い部屋にいられるわけないだろ」
「お前ら、寒がりだって言って大量のカイロを貼ってたよな。それ、そのためなんだろ」
実際は違うとわかっているが、これで辻褄は合う。
「そうやって、お前らは密室を作った。その上で、俺に罪を着せようとした」
とりあえず、理屈は通る。
竹次郎たちは何も言えない。呆然と互いの顔を見ている。
やれやれ、と額の汗を拭く。
とりあえず、これでやり返してやった。
「実際は、どうなんだね?」
管理人が静かに問う。双子はそれには応えなかった。
「じゃあ、管理人命令だ。これから、誰もこの部屋からは出てはならない。幸い、吹雪もやんできた。警察が来るまではここにいてもらう」
指示を出され、二人は表情を暗くした。
まったく、と内心で呆れる。
人を陥れるために、こんな手の込んだことをやりやがって。とんだ邪悪な奴らだ。
「あの、部屋に戻っちゃダメですか?」
俺をチラチラと見ながら、竹次郎が呟く。
「ここにいなさい。『もう一人』の件は、あとでゆっくり確かめる」
管理人が厳しく言い、二人は絶望した表情を見せた。
なんなんだ、と不審なものを覚える。
俺に罪を着せるのが、こいつらの目的だったんじゃないだろうか。
でも、今の素振りだとどうも違和感がある。
なんだろう、と部屋の中を見回した。
壊された扉。壊されたエアコン。凍らされた窓。
俺は、何かを見落としている気がしてならない。
「あの、帰りたいんですけど。なあ、小泉もここから出たいだろ?」
梅三郎が懇願し、俺に同意を求めてきた。
やはり、何かがある。
こいつら、急に焦ったようになっている。そして、部屋から出たがっている。
この状況、俺にはどこか覚えがある。
ある部屋の中で、急にそわそわとし始める奴。そして『外に出よう』とやたらと口にし始める。
何かの都市伝説だっただろうか。そんな話があった気が。
そこまで考え、俺は急に寒気を覚えた。
どうしても、『部屋の一点』に目線が向く。
そもそもの始まりは、一体なんだったか。
コンコンと、ドアを叩く音から始まった。そうして扉を開けた先で、雪女が入ってきた。
あいつは、壁を抜けることが出来なかったのか。
物理法則は無視できず、扉が閉じたままでは部屋への出入りが出来なかった。
だとしたら、今の状況は何を意味する。
忘れてはならない、絶対的な事実。
あの雪女は、確実に『アホ』であること。
雪女はきっと、この部屋で冷気を振りまいた。ドアも窓も凍りつかせ、そうして作り出したツララで深谷の胸を刺し貫いた。
そして、失敗に気づいた。
ドアが凍りついたせいで、自分も部屋から出られなくなる。管理人が聞いた『激しく叩く音』というのは、閉じ込められて葛藤する雪女によるものだった。
中から施錠されていたのは、きっと『あれえ、鍵が閉じてるせいなのかなあ?』なんて、呑気に考えて自分で鍵をかけたせいだ。
つまり、今この時も。
雪女はずっと、この密室から出られていない。
(あ、こんなところに部屋の鍵が!)
竹次郎はそう言って、ベッドの脇から鍵を拾った。そして高らかに掲げた。
(あ、こんなところに空のペットボトルが!)
梅三郎が拾わなければ、いつかは視線が下に向いた。
こいつらは、一足先に事実に気づいた。
そうして、『みんなで外に出る方法』を必死に考えていた。
ババ抜きなんかじゃない。俺を嵌めようとしたわけじゃない。
それなのに、俺がまんまと潰してしまった。
これは、あの都市伝説と一緒なんだ。
部屋の中に潜んでいる、不穏な存在についての話。
『ベッドの下に、斧を持った男がいる』
その存在に襲われないよう、さりげなく外へと誘導する。
恐る恐る、俺は一つの方向へと目を向ける。
ベッドの下に、ツララを持った雪女がいた。
(了)
ババ抜き雪女 黒澤カヌレ @kurocannele
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