第6話 パパ、ママ、一体何をしたの……?

「じゃあ、ママとパパはちょっとお買い物に行ってくるからね。誰かが来ても絶対に出ちゃ駄目よ、窓にも近づいちゃ駄目だからね?」

「分かったよ、ママ」

「最近は、家に居ても押し入ってくる強盗も多いからな。何かあったら、すぐに安全な所に隠れるんだぞ。幾ら不死身とは言え、痛いは痛いだろうからな」

「うん、そうするよ。パパ」

 僕は二人の諫言に首肯してから、「行ってらっしゃい」と買い物に出かける二人に送る言葉をかける。


 パパは僕の頭を撫でてから「すぐ帰るからな」と言って玄関を出て行き、ママは「何かあったら連絡してちょうだいね」と一人残す僕の手をギュッと握りしめてから出て行った。


 何度目かの、独りぼっち。でも、テレビのおかげで「独り」はあまり感じられない。


 僕は誰も居ない賑やかなリビングに戻った。沢山の笑い声が大きく飛ばされる中、ドラマの主人公達が面白おかしく動いている。


 このドラマは面白くて好きだけれど、ずっと見続けるのもなぁ。


 僕はリモコンに手を伸ばし、カチャカチャッとチャンネルを回していく……が。

「あ」

 画面が急に真っ暗になり、電源が落とされてしまった。


 テレビ画面を見つめながら、指だけをピッピッと適当に動かしていたせいで電源ボタンを押してしまったらしい。


 久しぶりに消えたせいか、訪れる静寂にはなんとはなしの強さがある様に感じた。独りと言う虚しさも、じくじくと際立っていく。


 僕は襲いかかる孤独に耐えきれず、直ぐさまリモコンを画面に向けて電源を入れようとした……が。


「え?」

 画面にうっすらと反射する自分の顔に、愕然としてしまった。


 ……いや、でも、違うよ。うん、見間違いだよ。


 僕は目をゴシゴシと擦ってから何度か目を瞬いて、画面を見つめる。

 けれどやっぱり、真黒の世界に反射する自分の顔は何一つ変わらなかった。

「う、嘘だ」

 僕はよろよろと画面に近づき、自分の顔を凝視する。


 どんどんと大きく、そして鮮明に映る僕の顔。まるで病人の様に真っ青で、目の前の真実を受け入れられないと言わんばかりの面持ちをしている、僕の顔。


 でも、


 僕はトンと手を伸ばし、画面に大きく反射する顔を潰す。

 けれど、その顔はぐにゃりと小さく歪んでから、すぐに戻った。

 そこに現れ出される真実は、何も変わっていない。


「僕じゃ、ない……」

 ひゅうひゅうとか細くなる息の合間に吐き出し、固く握りしめているリモコンの電源をピッと押した。


 ニュースにチャンネルを合わせ、テレビにニュースを映させると……運良く、僕が求めていたニュースがやっていた。


 キャスターの女性と男性が厳めしい面持ちで語り合っている。その中央には、今し方綺麗な真黒の世界に反射されていた顔が収められている写真が、置かれていた。


「……トム・ウィルソン君だ」

 今の僕であって、僕ではない子の名前を呟くと、混乱と動揺が一気に押し寄せた。


 僕の心がザブンと悍ましい荒波に飲み込まれ、凄まじい息苦しさに襲われる。


 ど、どういう事? なんで、僕の顔が行方不明のトム君の顔になっているの?

 ぼ、僕はトム・ウィルソンなの? で、でも、僕は自分がノア・ブローニュって分かっている。トム・ウィルソンなんて言う子じゃない。「僕はトムだ」って喚く心は、このどこにもない。


 ……じゃあ、何故今の僕の顔は、行方不明になっているトム君の顔なの?


 分からない、分からない、分からない。


 答えが見つけられず、僕の肩はどんどんと大きく上下を繰り返し、かひゅっかひゅっと浅薄な息がか細く零れだす。僕は言い表す事の出来ない苦しさに責められ始めた。


「……不死身のはずなのに。苦しいよ」

 苦しさから逃れたくて、弱々しく誰かに向かって吐き出した刹那。僕はハッとする。


 僕は、か?


 納得したはずの問題が再び力強く蘇る、強烈な違和感を纏って。


 ママとパパは、不死身だと僕に言い聞かせていた。そうして二人は、僕を外の世界に行く事を禁じて、外の目も全て遮断した。


 更に、僕が不死身だからと家の内側も変えた。家の中は変えなくても良い場所なのに。お風呂、鏡、窓、テレビ……そして

「僕の服」

 僕はバッと手を首元に当て、カッと大きく見開いた目もそちらに向ける。


 かくりと九十度に折り曲がる骨のせいで、僕の目が自分の首を捉える事は出来なかったが。少したわんだタートルネックに触れる手は、漠然と刻まれる「何か」にしっかりと触れていた。


 ……きっと僕のここにも、「変化」がある。


 僕はカヒュッと苦しげに零れる息をゆっくりと飲み込んでから、ピッと再びテレビの電源を落とした。


 そうして再び対峙する、ひどく真っ青なトム君の顔。

 ぐらりぐらりと恐怖に震えている視線が、僕の視線と重なる。

 僕はそんな彼と目を合わせながら、ゆっくりタートルネックを下ろした。


 丈が下ろされたせいで、手だけでしか掴めなかったものの正体が目でも、心でも、捉えられる。


 僕の、いや、トム君の首の中央部には、くっきりと力強い縄目が刻まれていた。


 暖かい布を剥がしてみたら……なんと、そのすぐ下に眠っていたのは、背筋が凍る程のゾクリと冷たい恐怖と悍ましい事件の証だった。


「パパとママは、トム君を殺して死んだ僕を生き返らせた……?」

 そんな訳ないと思いたいけれど。眼前にある酷薄な現実と、変化で上手く隠し続けていたパパとママの行動が、仮説を悍ましい真実へと昇華していってしまった。


 僕がずっと気がつけなかった「両親の恐ろしさ」をゾクゾクッと感じ始め、肌が一気にぶつぶつっと粟立つ。


 その時だった。


「ノア?」

 すぐ後ろから飛んだ声に、バッと弾かれる様に振り向く。


「パパ、ママ……」

 い、いつの間に帰ってきたの? お、お買い物、もう終わったの?


 そう問いかけたいのに、突然僕の声が出なくなってしまった。ピタリと声帯が喉に張り付いているみたいで、全く動かない。


 けれど、ママとパパは、そんな僕を見下ろしながらニコリと笑顔を向けていた。


 僕のパパであるジョン・ブローニュと、僕のママであるジュディス・ホワイトとして、変わらずの笑顔を。


「「ただいま、」」


 僕の心臓が、酷薄な恐怖を前に、カチリと冷たく固まった。

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僕は、不死身になったみたいです 椿野れみ @tsubakino_remi06

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