第5話 ある一つのニュース

 それはある日の事だった。


「犯人を早く突き止めたい気持ちもありますが、一番は私の息子トムに早く会いたい事です。犯人が誰かなんてどうでも良い、早く息子を、トムを返して!」

 お願いします! と、テレビの画面に大きく映る女性は涙ながらに訴えた。


 するとカメラはグーッと引かれ、レポーターの女性が向けていたマイクを自分の方に戻して、カメラをまっすぐ見つめる。

「トム・ウィルソン君が、レイラの元から居なくなって早くも一週間が経ちました。彼は今も尚レイラの元に戻ってきておりません。警察は必死の捜査を行っている様ですが、未だにトム君を連れ去った犯人達の行方を掴めていない様です」

 レポーターの女性は緊迫した面持ちで言ってから、「トム君が無事に帰ってきて欲しい。それはレイラだけでなく、我々の願いでもあります」と、きっぱりと言った。


 そんな彼女の横で、レイラ・ウィルソンと字幕が張られた女性がううと嗚咽を漏らしている。

 その時だった。


「ジョン! そんなニュースを流さないで! チャンネルを変えてちょうだいっ!」

 キッチンを掃除しているママから、鋭い声が飛んだ。とても怒っている様で、とても焦っている様にも感じる。


 ママのこんな声は、初めて聞く……。


 そんな驚きに茫然と浸っていると、「何を言っているんだ!」と横に居るパパから怒鳴り声が上がった。


 またも驚きがビリリッと迸る。


 僕は横を向くと、呆気に取られてしまった。パパの顔は、初めて見る位に怖い顔をしていたから。

「駄目に決まっているだろうが!」

 パパはキッチンの方をギロリと睨めつけて、荒々しく怒鳴った。


 今のパパは、僕の知るパパじゃない。パパとそっくりの、誰か違う人に見える。


「ぱ、パパ……?」

 弱々しく呼びかけて、僕はおずおずと確かめた。

 今のパパは、本当に僕のパパのジョン・ブローニュなのか。確かめたかったんだ。


 パパはハッとして、僕を見つめる。

 その顔からは険が弱々しく剥がれていった。そして怖く吊り上がっていた目も、ゆるゆると下がっていく。


「あ、あぁ。ごめんな、ノア。急に怒鳴ってビックリしたよな」

 パパは弱々しく僕の頭を撫で、「ニュースは大事だろう? だからそれを消せと言われて、ついカッとなってしまったんだ」と言った。

「とは言え、怒鳴るのは良くないな。今のはパパが悪い」

 ママに謝ってくるな。と、パパは眉根をキュッと寄せて苦しげに笑う。


「う、うん」

 僕はそんなパパの顔を見つめながら頷いて、立ち上がったパパを見送った。


 ……ママもパパも、なんだかいつもと違った気がする。

 何でだろう、どうしてだろう?


 僕の頭の中に疑問が生まれ、ぐるりぐるりと回り始めた。

 あまりにもゆっくりと流れ、終わらないみちを何度も何度も巡っていく。


 だからこそ、頭の中でこの違和感が消える事はなかった。


 僕はキュッと唇を結んで、一人、テレビと向き合う。


 画面の中は涙を零すレイラさんから、ニッコリとカメラにピースを向けている男の子の写真に切り替わった。


 けれど、そんなにこやかな写真の下には、赤色の文字で「トム・ウィルソン君誘拐事件の情報を求めます」と、警察による必死の文言が流れていた。

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