2-2 あたしが沈めたいもの

 セイレーンズバトルロワイヤル。


 あたしだって、口には出さなかったけれどその番組は見ていた。

 ジャンルも経歴も、何も関係ない。ただ、歌とダンスで審査員を魅了する事が求められる。問われるのは実力だけ。

 流石に、一回戦に出たぐらいではSNSでちょっとの間話題に出るだけだ。

 でも、2回戦、3回戦とステージが上がっていくにつれ、勿論戦いのレベルはあがっていくけれど、注目度は増していく。

 そして最終決戦。ここに残って優勝すれば、それは歌手・アイドルとしての成功の切符を手に入れたも同然。

 なんなら、決戦で敗れたっていい。例え準優勝だったとしても、「セイレーンバトルで準優勝できた実力」と箔がついているのは何度も見てきた。


 その番組に出る為のオーディション。でも。

 「グループから、たった一人……ですか」

ひなたが茫然と、呟くように言った。

「やだ……」

すみれが声にならない声で呟く。

「こんなのしんどい」

即座に感情を強く表に出せるひなたの隣で。あたしは、「困惑した顔」を作っていた。

 もちろん、メロティック・スタンプとしてやってきた3年間をムダだとは思っていない。でも、このグループはまだあたしの理想のキャリアに届いていない。

 まだ、「本当のアイドル」なんて名乗れない。一体いつ、『アイドルの予定』よりも『バイトの予定』の方が多くなってしまうかいつも怯えている。

 ぎゅっ、と拳を握りしめる。

 それに、あたしの脳裏で反響し続けている言葉は。


――やっぱり、ひなたあってのこゆきなんだよな。


 ひなたとこゆきはツートップ。光と影は表裏一体で魅力的。いつも二人でお互いを支えあってる姿がきらきらして眩い。

 光のひなた。

 儚さのこゆき。

 いつまであたしは、ひなたと『ツートップ』なんだろう?

 困惑するグループの空気の中で、あたしもまた「どうしたら」と揺らぐ顔を浮かべながら。 


 このソロ活動への切符を、チャンスと捉えていた。


***


 ソロ活動へのオーディションが告知されて以来、約2日の時間を置いて、あたしたちはいつもどおりのライブを終え、楽屋に集まっていた。

 正直、ライブ前はライブ前の緊張感、「今日やるべきこと」に向けて全員の意識が集中していた。

 でも、ライブが終わった後。魔法のような興奮が解けたあと、そこに生まれるであろう気まずい間が、どうなるか。一体、楽屋の雰囲気がどうなるってしまうのかは、あたしには想像できなかった。


 けれど、メロティック・スタンプの楽屋の雰囲気は、何も変わっていなかった。

 いや、正確には「変えないように」努められていた。


 流れる汗をタオルで拭きながら、ひなたがにっこりと大きな声で言った。

「ねえ、今日の『みんなで掴んだゴールテープ』歌ってる時の『教授』さ、めちゃくちゃ感極まってたねぇ。やっぱあの人いい人だなー。毎回ほぼ絶対来てくれるし、ありがたいよねホント」

その言葉を聞いて、少し強張っていたすみれが、アハッと笑った。

「見たよ、いつもの高級なハンカチで涙拭いてた」

「いいよね。『教授』のさ、全力であたしたちのライブ楽しんでくれるところ」

そこから、口火を切ったようにいつものお喋りが始まる。


 余談だが『教授』とはメロティック・スタンプの古参のファンの一人だ。正確には「教授@非常勤講師」がSNSでの彼のユーザー名だが、メンバーからも他のファンからも敬意を込めて自然と『教授』と呼ばれている。

 見た感じ『教授』の年齢は50代ぐらいに見えるのだが、ファンの中で誰よりもパワフルな応援をしてくれる。だが、バラードになると突然、静かに涙を流しながら聞き入っている姿が有名だ。


 「ていうか教授さんってすみれちゃん推しだよね。いっつも物販でどんなこと話してるの?」

「あっ、それめっちゃ気になるよ」

「えーでも本当に世間話だけ。お天気の話とか寒くなったねとか新曲いいねとか、当たり障りない感じ」

「えーそうなんだ。もっとめちゃくちゃアツい人かと思ってた」

「いやアツいのライブの中だけ」

「ウケんね」

 どんな過酷な公演の時でも、かわらず私たちを応援し続けてくれた個性的なファンの『教授』。そしてその話題を出せば、私達が盛り上がり元気づけられる事を、ひなたは心から信じているのだろう。

 そうやって自分から行動して楽屋の雰囲気を盛り上げるひなたは、まるで曇り空から差し込む陽の光のようだった。


***


 レンタルスタジオの床に、汗がぽとぽとと落ちる。

「はぁっ……はぁっ……」

体力が限界を超えそうだ。でも、ここからまだ出せるものがある、と私は信じている。

 「……もう1度」

スマホをタップして、曲を流す。後ろで完全に大の字になって寝転がっているひなたが、「マジですごい、あたし無理ぃ」と声をあげた。


 オーディションに向けての課題曲は3つ。

 フリを覚えるとか音程を安定させるなんて、そんな事をやっている場合じゃない。オーディションで選ばれなければならないんだ。

 それは――ひなたを超えるということ。


 必死に鏡の前で汗を流すあたしと、ぐでんと横になっているひなた。

 一体どちらの方がアイドルに適しているか。ここだけを見た人なら、きっとあたしを選んでくれる。ちゃんとしているように見えるから。

 でも、ひなたは違う。

 いざステージの上に立ったひなたから発せられるアイドルとしての、人を惹きつけるオーラは本物だ。それは、練習量がどうとか、頑張って汗を流したからどうとか、そういう物差しでは測れないものだ。

 あたしみたいな、凡人には無いもの。


 諦めた方が早いんだろう。


 この世の中は、時に理屈や常識を超えた何かが存在する。努力が報われるっていうのはドラマの中だけの話で、目に見えない天性のカリスマ性を持った人間が、必死に努力している人間を追い越していくことなんて、よくあるんだ。

 もちろん、ひなたが努力不足なんて一言も言わない。あの子だって、きっと誰もが根をあげるような練習量をこなしている。

 でも、練習量だけじゃ。

 ひなたに勝てる要素が、見当たらない。それが現実だ。

 鏡の中のあたしの笑顔は、振り付けを完璧になぞるほど、技術を持って歌声を奏でるほど、どんどん凍り付いていく。


***


 「ね、休憩しよ、休憩」

「そう、だね」

ひなたに言われたから、というよりは。もう、指一本動かせなくなったところで、あたしは腰を下ろした。

「めっちゃお腹空いたなあ。ね、オーディションって普通に自己PRとかも選考に入るのかな」

「あーだめ、それ考えたらマジで緊張する……」

すみれが横になったまま呻いた。

「……よし」

ひなたがムクッと起き上がった。すぅ、と息を吸い込む。

「赤羽根 ひなたです」

それは驚くほど、透き通ってきらきらとした声だった。

「趣味はパン作りと、ゲームをすることです、今日はよろしくお願いしますッ」

「ハキハキしてていいんじゃない?」

すみれが言い、隣のスイカが咳ばらいをした。

「えー。コホン、コホン。アイドルになろうと思ったきっかけはなんですか?」

とってつけたような渋い声のスイカ。ゲラのひなたはそれにちょっと笑いながらも、しかし次の瞬間には、その目は真剣な眼差しに切り替わる。

「はい、それは――母と共に目指した夢だからです」

「お母さんの?」

「はい! 母は小さい頃から私に、お姫さまの絵本を読み聞かせてくれたり、アイドルのライブの映像を見せてくれました。私はいつのまにか、大好きな母にアイドルになった自分を見せてあげたい、とそう思うようになったんです」

そうやって話すひなたの指が、恐らく無意識のうちに――いつも彼女がはめている指輪を撫でている。


 ああ、またあの指輪を触ってる。


 ひなたは緊張せざるを得ないライブの本番前――例えば初めての会場だったり、新曲を覚えたばかりの時などに。さすがに緊張するのか、じっと静かな時がある。

 そういう時のひなたはいつも、あの指輪に指の腹で触れている。


 「ゆきちゃんどうしたの? ひなちゃんの事じっと見て」

すみれに言われ、あたしは「あ、ああ」と我に返った。

「別に。ひなたって緊張すると指輪触るよね、と思って」

「あ、ホントだ」

「え? ああ、うん」

ひなたはあたしとすみれに言われて、たった今、それに触れていたことに気づいたようだった。きらきらと光る指輪を、天井にかざす。

「これはね、お母さんから誕生日にもらったプレゼントなんだ」

「どうせなら、その話もさっきのエピソードに加えたら?」

スイカが言って、すみれが「ほんとだね」と頷く。

「いいと思う、お母さんからもらった大切な指輪。……いいエピソードトークになるじゃん」

「そうだね、ありがとう」

にこっと微笑んでからひなたがあたしに目を向けた。

「よく気づいてくれるよね、いつも」

「え、いや……そんなことないけど」

素早く否定するあたしの隣で、すみれが言った。

「ではでは? そんなクールビューティーゆきちゃんの志望動機は? せーの」

スイカとすみれが声を合わせる。

「伝説の破天荒アイドル、栗瀬 美鶴くりせ みつるに憧れて~!」

「ちょっと、もう」

なんら恥じ入る理由なんて無い。堂々と主張できる自己PRだ。でも、スイカとすみれのいたずらっ子二人には付き合ってられない。あたしは手早くタオルで汗を拭くと、レッスンに戻った。


***


 「ふー……」

 レッスンから帰って、お風呂に入って。晩御飯を食べる気力も無く、あたしは自分の部屋のベッドにごろりと横になった。

 無気力なまま、スマホを操作する。地元の同級生、十数人ぐらいが集まっているSNSのグループがピコンピコンと通知を点滅させていた。なんだか珍しく、妙に盛り上がっているみたいだ。

 とはいえ、話題なんて大体決まっている。誰と誰が付き合ってるとか、婚約しただとか、地元にテレビで有名なカフェができたとか。

 普段はまったく見ないそんなコミュニティだけど、あたしはその時ひどく疲れていて、なんだかとてもくだらない物でいいからダラダラと眺めていたい気分だった。指が勝手に動くようにして、画面を開く。

 さてさてどんなくだらない話題だ?


 しかし。

 その時コミュニティで盛り上がっていたのは。


 『蛇巳枇たんび6丁目の沼って知ってる?』

『あ、聞いたことある。あの空き家の沼だよね?』

『そうそう』

『あそこね、なんか最近変な噂流れてるの。なんかね、捨てたものは二度と浮き上がってこないんだって。あたしの友達のお姉さんがね、元カレからもらったアクセサリーとかブランドのバッグを旦那さんに内緒でこっそり捨てに行ったけど、ホントに浮かび上がってこないんだって。ぶくぶく沈むんだって』

『えーこわーい』


 真っ暗な部屋で、白いスマホの光があたしを照らしている。あたしの目は、彼女たちの噂から目が離せないでいる。


 「……沈んだら、浮かび上がってこない沼……」


 あたしが沈めたいもの。

 二度と浮かび上がって来てほしくない存在。


 それは。


――オーディション本番まで、あと3日。



<続>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年1月2日 20:00
2025年1月2日 20:00
2025年1月3日 20:00

【全37話】 6丁目の、沼。 二八 鯉市(にはち りいち) @mentanpin-ippatutsumo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画