第6話 同じ屋根の下、二人きり
シャワーを浴び、体を洗い流しながら、今日一日をふり返る。
私の忌まわしき異能力【迷える子羊】を人助けに使えたのはいい。
こんな忌み嫌われた私でも、少しでも世の中の役に立てたのなら、これ以上望むものは何もない。
そう、望むものなんて、初めから何もなかったはずなのに――。
それなのに、お礼だと言って豪勢な料理でもてなされ、優雅なディナーのひと時を楽しませてもらって。
しかも、それだけに飽き足らず、こうして獅子戸くんの家でシャワーを借り、泊めてもらおうとまでして。
いくらなんでも甘え過ぎだ。
そもそも、獅子戸くんと出会ったのは、今日が初めてなのだ。
超がつくほどのイケメンで、優しくて、何かと私を気づかってくれる獅子戸くん。
しかも、こんな私に興味を持ってくれて、もっと話がしたいと純粋に求めてくれて。
こんなに幸せなことって、ある?
一方で、簡単に流されてしまっていいの? とも思う。
だいたい、いくら泊まってほしいと頼まれたからって、初対面の男の子の家に本当に泊まってしまう女の子がいったいどれほどいるだろう? ……ここに一人いるけど。
これじゃ、軽い女だと思われても仕方がない。
獅子戸くんはいい人そうだから、そうは思わないかもしれないけれど、他の女の子たちが知ったらきっと軽蔑する。特に、獅子戸くんは学園のアイドルなわけだし。
……とはいえ、私には帰る家なんてない。
一応、家族に心配をかけてはいけないから、と姉には連絡を入れておいた。
『今夜、友達の家に泊まってくる』
たった一言、スマホで文字を打ちこんだだけなのに、
『あら、アンタに友達なんていたの』
『どうせ男のところでしょ?』
『でも、おかげでせいせいしていいわ』
『もう帰って来なくていいわよ』
返ってきたのは、嫌味の数々。
分かってはいたけれど、家族は私のことなど少しも心配などしない。
むしろ、私が消えていなくなる日を心待ちにしている。そういう家だ。
これまでずっと冷遇されてきたのだ。この先何かを期待するほうが馬鹿げている。
『家出』という言葉が頭をかすめたことだって、何度もある。
けれども、たまたま目にしたニュース番組で、お金のない家出少女が男の人の家に泊めてもらう代わりにどんな目に遭ったのかを知って、怖くなった。
でも、今まさに似たような状況に私も立たされている。
今、この家には男の人が二人。女子は私だけ。
身の危険を考えないわけでもない。
けれども、獅子戸くんも誠士郎さんも、こんな私にも心から優しくしてくれて――。
純粋に私を迎え入れてくれた二人に疑いを持つのは、かえって失礼かも、と思ってしまう。
特に獅子戸くんは、こんな私に春の陽だまりのような温かい眼差しを向け、ただの客人としてではなく、人格を持った一人の人間として、私のことを大切に扱ってくれているんだもの。
それだけでもう、涙が出そうなくらい嬉しい。
本当に、心から信用していいの? それとも、用心するべき?
答えは分からない。
けれども、たとえこの先どんな目に遭おうとも、あの家に帰るよりはずっといい。
あの極寒の棺の中のように冷たい、あの家よりは。
「……うっ……うぅ……っ」
こらえきれず、涙が頬を伝わり落ちる。
私はシャワーで涙も一緒に洗い流すと、大きく息を吐き、ようやく浴室を後にした。
「あ、あの……っ」
用意されていたナイトウエアに袖を通した私は、リビングにいた獅子戸くんたちにとまどいの声をかけた。
薄くて肌触りのいい、高級感ただようシルクの純白のナイトウエア。
ふわりとしたレースがあしらわれて、まるでお姫様みたいに可愛くて。
……って、私には不釣り合いすぎませんかっ!?
「わ、私の制服は?」
ああ、と誠士郎さんが軽くうなずく。
「それならクローゼットに掛けておいたよ。制服で寝たらしわになるだろ?」
獅子戸くんもまた、誠士郎さんへの同意を示すように微笑む。
「君、すごくよく似合っているよ。それに、眼鏡を外している今の君のほうが僕は好きかな。眼鏡の君も素敵だけど、素顔の君も一段と魅力的だよ」
そ、それはどうも……っ。
獅子戸くんの純粋な瞳にまじまじと見つめられて、お風呂上がりの体がさらにぽかぽかと温かくなってきた。
もしかして、口説かれている? それとも、素でそう褒めてくれているの?
もうワケが分からなくて、頭がショートしそう……っ。
と、ところで、今夜、私はどこで寝れば?
リビングに立ち尽くす私を見て、誠士郎さんが声をかけてくれた。
「安心しな。お嬢ちゃんにはちゃんと客室を用意してあるから、そこを自由に使ってくれ」
「ありがとう……ございます……」
私はぎこちなくお礼を告げ、頭を下げた。
何から何まで至れり尽くせりで、なんだかこの二人に対して警戒心を抱いていることに、かえって罪悪感を覚えてきた。
すると、誠士郎さんは肩をすくめ、席を立った。
「さあて。俺はそろそろ退散するとしようかな。後は二人で仲良くやってくれ」
え? 誠士郎さん、出て行ってしまうんですか?
「お嬢ちゃん。日本には労働基準法ってのがあってだな。俺の勤務時間はもうとっくに過ぎているのさ。明日の朝にはまた顔を出すから、それまで二人でイチャイチャ楽しいひと時を過ごしてくれ。それじゃ」
ひらひらと軽く手を振って去っていく誠士郎さん。イチャイチャって……。
まもなく玄関の扉が閉まり、とうとう獅子戸くんと二人きりになってしまった。
私は落ち着きなく辺りを見渡し、ふと疑問を口にした。
「あの……ご家族は……?」
さっきから、獅子戸くんのご家族の姿がどこにも見当たらないのですが……。
「ああ、家族とは事情があって離れて暮らしているんだ。だから、この家は僕一人には少々広すぎてね。君がいてくれて、ちょうどいいくらいだよ」
獅子戸くんが私に優しく微笑みかけ、さらに続ける。
「それより君。いつまでそこに立っている気? こっちに来て座ったら?」
獅子戸くんが、自分が座るソファの隣の空席へと私をうながす。
「……っ」
とまどいながら、素直に腰を下ろす私。
たちまち二人の距離が近くなって、心臓が分かりやすく音を立てはじめた。
「これでようやく二人きりになれたね。今夜はゆっくりお話ししよう。ずっと君に聞きたいことがあったんだ」
二人きり――今夜、同じ屋根の下、私と獅子戸くんの二人だけ。
獅子戸くんの混じり気のない純粋な視線が、まっすぐ私だけに注がれている。
けれども、私の心臓は警鐘を鳴らすようにドッドッと鼓動を速めていた。
手を伸ばせば、すぐに捕まってしまいそうな至近距離。
本当に、大丈夫だよね……?
ちゃんとお話だけで済む、よね……?
次の更新予定
眠れる獅子は、迷える子羊を手放さない ~私の主は学園のアイドル様~ 和希 @Sikuramen_P
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。眠れる獅子は、迷える子羊を手放さない ~私の主は学園のアイドル様~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます