砂漠の入り口の町

 寒色という色彩を忘れてしまうほど、視界が砂色に埋め尽くされる。砂ばかりの大地だけでなく、空まで薄ぼんやりと白っぽい。

 後ろを振り向いた。町がある。文明の欠片を見出してホッとするが、色彩は砂色か赤茶色。言うまでもなく、日差しは暴力的で乾燥も激しい。


 場所はウラヴォルペ公爵領北側にある砂漠の入り口の町、テマ・バル。町の住民より騎士や傭兵のほうが多いかもしれない。そして、戦士たちと同じくらい目を引く光景がある。


 赤蜥蜴ルディレザルと呼ばれる、二足歩行の爬虫類のような生き物がところどころ係留されている。背中は砂漠に紛れる黄味がかった薄茶色、腹側と足は橙色。手は短く尻尾は長い。瞳は黄色く、体に比して小さな頭は鳥類のようにも見える。大きさは、荷物がなければ人間がふたり乗れるくらい。大砂漠に生息する魔獣で、知能が高く人に慣れるためラクダの代わりとして利用される。これに鞍と手綱を装着すれば戦士たちの相棒の出来上がりだ。


 レオニアスは、広場にある砂除けの街路樹の根元に腰かけていた。枯れたような小さな黄色い葉をつまむが、意外とみずみずしい。立てた片膝に頬杖をついて往来を眺めていると、肌や髪の色はさまざま。荷車を引いている商人らしき男、子どもたちと両手をつないで歩く長いスカーフを巻いた女性、飲み物片手に仲間と休憩しているらしい傭兵など。そのただなかに、レオニアスたちも紛れ込んでいる。

 レオニアスの服装も、砂漠地帯に倣って白いゆったりとしたシルエットのもの。肩から薄紅色の布を斜めがけにして白一色は防いだ。あまりに面白みに欠けるので。頭部には白い布を巻き、日差しと乾燥から肌を守る。布を固定する頭部輪は、金持ちだからと豪華な金属製のものを勧められたが、重すぎて日常使いに適しているとは思えなかったので、地元の民と同じ芯材にヤギの毛を巻きつけたものを使う。そして、喉に熱い空気が入り込むのを防ぐため、ゆったりと口元を覆い首の後ろで結ぶ『金砂草』の繊維で出来たマスクを着用。砂漠のオアシスに生える珍しい草で、通気性に優れ涼感がある。足元はサンダルのようなもの。地元の商人曰く「最も砂に沈みにくい」のだそう。涼しいが防御力は低そうだ。


(フォアスピネ様の着ていた白いゆったりした着衣とビーチサンダルは、砂漠向きかも)

 町ゆく人々を観察しながらとりとめのないことを考えていると、革鎧の上に白い衣服をまとった人物が近づいてきた。頭部に同じく白い布を巻いているが、隙間からちらりと灰がかった褐色の髪が見える。いつも笑っているように目を細めている男だが、今日は憂い顔だ。どんな表情でも目は細い。

 リーデル・フォン・パルマン伯爵。この度、虹の神殿までレオニアスたちを護衛するウラヴォルペ騎士団の隊長であり、父ゴウシュ・フォン・ウラヴォルペの側近である。年齢は父親に近い。

「おおよそ準備は整いました。あとは待ち人が合流すれば出立できるでしょう」

「そうか。姉上はどうしている?」

「あちらで、ナンパしてきた傭兵を殴り倒しています」

「首都を離れると、姉上に言い寄る男もまだいるんだなぁ」

 アルナールは、白い衣服の上から金色の帯を巻き、そこに大振りの剣を差していたはずだ。いかにも戦士然とした格好だが、口説きにかかる猛者もいるらしい。たまには姉の気に入る男が出てきてロマンスにでも発展しないものだろうか、と思ってみるが現実的な願いではなさそうだ。アルナールの好みはは「私より強くて、弟より顔がいい男」だそうだが、美醜は主観によるものだからさておき、アルナールの腕を超える独身で適齢期の男がどれほどいるだろうか。

 レオニアスは、リーデルの隣にいる若い男に視線を移した。

 名を、ミラーノ・フォン・パルマンという。リーデルの息子で、硬い鳶色の髪と、暗緑色の瞳を持つ。

(ミラーノなんて、いいんじゃないか)

 と、レオニアスはこっそり考えている。

 取り立てて美形と言えるかは分からないが、気骨のある男だと思う。長くレオニアスの剣術指南役を務め、そのことに不満も言わず、「極めて平凡」と揶揄されたレオニアスを見下すこともなく、他の騎士団員たちと同じように厳しく指導してくれた。パルマン家は古くからウラヴォルペ公爵家に仕える家系だが、家臣だからこそレオニアスに風当たりの強い者も多い中、ミラーノの態度に救われたものだ。

 年齢は26歳。アルナールとは釣り合いが取れると思う。

 そんなレオニアスの心は知らないだろうが、ミラーノは不機嫌に黙り込んで、目を合わせようとしなかった。これは珍しいことで、普段の彼はどちらかと言えば口数が多い。

 レオニアスと同じように往来を眺めていたリーデルが、ぽつりと言った。

「本当に五人だけで旅に出られるのですか? 我々すらお供をすることが許されないなんて……」

 レオニアスはため息を吐くとともに、家臣を安心させるように微笑んだ。

「仕方ないよ。エリストルを用意できなかったし、議会でも決まったことだ」

 レオニアスの右手は、無意識に左腕に嵌められた金色の腕輪バングルを撫でていた。


 救国の大業、と言っても過言ではないはずなのに、何故こんなにも同行者が少ないのか。

 話は、王都で行われた国王臨席の貴族会議にさかのぼる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終末の王国~原初のアルカンシェルを求めて魔境の旅路へ~ 路地猫みのる @minoru0302

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画