第11話 月に叢雲夢現
「月兎を打ち倒した!」
後方の俺たちにもその一方が届いた。
俺は一瞬耳を疑ったが、前線から上がる歓声が、それが真実であることを告げていた。
「……これで、終わりか?」
隣で臼を支えていた兎がぽつりと呟いた。
「終わりだよな?」
「だといいけどな」
俺も返事をしながら、手を止めることなく餅をつき続けた。傷を負った兎たちが次々と運び込まれてくるのを見ていると、戦場という場所が本当に終わりを迎えるのか、いまいち実感が湧かなかった。
それでも俺は餅をつき続ける。
全員の傷が癒えるその時までは、まだ終わらない。
喧騒が消えていくと共に負傷者たちも次第に数が減っていった。餅をついていた俺もようやく一息つくことができた。
体力は減らなくても精神的には消耗するのだ。
「これで、玉兎軍の勝利か……」
辺りを見渡すと、兎たちの顔にも安堵の表情が浮かんでいる。しかしその中には、どこか奇妙な違和感を覚える者もいた。
「おい、人間」
「ん?」
さっきまで隣で臼を支えていた兎が声をかけてきた。
「天下餅って、いつ出てくるんだ?」
「……天下餅?」
その言葉に、周囲の兎たちもざわめき始めた。
「確か、最後の大将が討たれたら現れるはずだろう?」
「そうだ、なのにまだ出てこないのはおかしい」
俺はその言葉に胸の中がざわつくのを感じた。天下餅が現れる条件は、この戦のルールの中で絶対的なものだ。なのに、それが現れないというのは……?
いや、戦いが終わったらすぐに出てくるものだとは誰も一言も言っちゃいない。だから、そんなに焦るものではないはずで。
なら俺はいつ帰れるんだ?
もう戦いは終わったはずだろう?
兎たちの間で不安が広がる中、本陣から新たな報せが届いた。
「た、大将が討たれた!」
その一報は、まるで月の輝きがすべての光を失ったかのように、俺たちを凍りつかせた。
「……なんだって?」
■□■□■□■□■□■
気づけば、俺は自分の部屋にいた。
見慣れた部屋の天井が視界に広がり、目の前には飾ったばかりの鏡餅だ。
「……あれは夢だったのか?」
見ている間は夢と現実なんて見分けがつかないというが、そういうものだったのだろうか。
月の戦い。玉兎軍、月兎軍、玄兎軍――そして天下餅。
すべてが何だったのか、いまだに分からない。
窓の外には欠けた月が静かに浮いていた。
夢の中で立っていたあの月が、今は空に浮いている。
「せめて、最後に何があったかくらい教えてくれよな……」
その問いに答える者は、どこにもいない――ただ月だけが、黙して光り続けている。
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