後書き

あとがき

「ぼ……僕が書いたことにされてる!?」


 12月28日――ではなく春休み。僕(ぱずる・中学一年生)はおばさんから渡されたスマホで、手慰みにおばさんが書いたという小説を読んでいた。

 前書きを最後に読めと注文をつけられた上で。


「少し違うな。きみのフィルターを通して書いたのさ」

「一話に似せようとしないでください」


 ふふふ、とおばさんは笑う。

 どうしてくれようこの人。

 

「なんですかこの前書き。大嘘じゃないですか」

「嘘は書いてないよ」

「どこがですか」

「『ぱずるくんが書いた』とは一文字だって書いてない。『ぱずるくん』が若い子であるとは書いてあるがね。『僕』という言葉が出ているだけの三人称の前書きだよ。中学生二年生の作文みたいな小説さ」


 いけしゃあしゃあと開き直りやがる。

 単純に僕の学年間違えただけじゃないのか。


「そもそも、僕の名前出すのってネットリテラシー的に問題ありまくりじゃないですか。これこそ炎上もんだわ」

「元々がハンドルネームみたいな名前だし問題ないだろう」

「そんな主張、僕が炎上させてやるわ!」


 人の名前をいじりやがって。いいよなあ、受け入れられそうな名前の人は!


「……ああそうだ。この餅つきスキルって前に僕が冗談で言ったやつですか」

「そうだね。ちょうど思うところがあったので、ミステリにしてみたのさ」

「ミステリって……探偵も謎解きも無いじゃないですか。しかも投げっぱなし」

「強いて言うなら読者きみが探偵だよ。古き良き読者への挑戦。果たして最後に残っていた大将は誰か? ってね。ああ、『ミステリ用語の通じない若い子が書いたはずの小説』を書いた犯人は誰か、っていうメタミステリでもあるね」


 そっちの入れ替わりは被害者が探偵役の時点で破綻してるけどね、と付け加えた。


 以下、レコーダーでもない僕がおばさんの長い自白を箇条書きで書くとこうなる。


 犯人:おばさん。

 動機:僕にミステリ用語が通じなかったから。

 手口:中学生を装う叙述トリックでネットに小説を投稿。しかも小説はファンタジーに見せたミステリ。


「限られた文字数でいくつ要素を埋め込めるか頑張ってみたけど、全然駄目だったね」


 おばさんは肩を竦める。

 普段はあれほど諦めが悪いのに珍しい敗北宣言だ。


「叙述トリックも自画自賛できる程じゃない。きみと同じ年の頃は一人称を使わずに当たり前に会話してたんだけど最近はご無沙汰だったんでね、どうも鈍ってしまったようだ」

「面倒くせえ中学生してましたね」

「一応聞くけど感想は?」

「これがミステリ小説だって言うなら廃れて当然だなって思いました、まる。僕のスマホだったら投げてましたよ」

「……ま、そうだろうね」


 おばさんは苦笑を漏らす。


「謎解きに重点を置くミステリなんて読者千人に一人が当たったらお慰みの書いて自己満足するジャンルだからね。実際きみをどう騙そうか考える時は実に楽しかったよ」

「騙し討ちを受けた側はたまったもんじゃないですよ……。ファンタジー読んでたのに急に夢オチで終わった挙句『最後に何があったかくらい教えてくれよな』で締めに入るなんて」

「それはきみが前書きを最後に読まされたから仕方ない」

「前書きを最初に読んだら何か変わるんですか?」

「変わるさ。前書きにはミステリ小説のつもりで書いた紹介してあるだろう?」


 言われて僕は前書きを読み返す。


 きっかけはおばさんのひとことだ。


 起:ぱずるくんにミステリ用語が何一つ通じないなんて!

 結:ぱずるくん、春休みどうせ暇だろうし一本書いてくれ。


 この物語は、そんな理由で書いた拙作せっさくである。


 この場合の『そんな理由』とは――


「ぱずるくんにミステリ用語が何一つ通じないからで書いた拙作さ。だから騙し討ちでも何でもない」

「……屁理屈しか出てこねえ」

「ミステリなんてどこまでも言ったもん勝ちだからね」


 おばさんの性格の悪さの根源を垣間見た気がする。

 こんなことやってれば敵の数なんて奇異人倶楽部キーマンクラブなんて比じゃないだろうな。もし刃傷沙汰が起きても僕は驚かない。むしろいつかこうなると思ってたんですよ、なんて訳知り顔でインタビューに応えそうだ。


「トリックを思いついてから書き始めたけど、年にはどうも勝てそうもない。途中で気力が尽きてしまったよ。というわけできみに著作権それを譲る。気に入ったら好きに更新してくれ。きみのためだけに書いた物語だしね」

「一見ロマンチックですけど、ただ僕を騙したかっただけですよね」

「前書きにもそう書いてあるだろう? ふふふ、きみも一度は創作するって体験をしてみるとわかるよ。消費者のままじゃ得られないこの感覚。それに、きみの書く物語を読んでみたいしね」

「『春休みどうせ暇だろうし一本書いてくれ』ですか」

「そういうこと。もし書いてくれるならそのスマホは貸してあげるよ。この前の事件では力を貸してもらったしそのお礼だ」


 おばさんは前書きの最後の伏線を回収すると、少しだけ残っていたココアを飲み干し、おもむろに立ち上がった。そろそろお昼か。

 さて、どうしようか。

 確かに部活はないし暇ではあるけれど、色々遊びに行きたいんだよなぁ。

 けどまあ、せめて後書きくらいはきちんと書いて締めるくらいはしてもいいのかな。それでスマホが借りれるなら。


「ああそうだ」

 

 冷凍庫を覗いてから、おばさんは僕に語りだした。

 この小説を僕に読ませた、恐るべき真の動機を。




「お昼は餅にしようか。冷凍庫にまだ残ってるんだ」

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