第6話 意見と餅はつくほど練れる

 坂の上からこっそり顔を出し周囲を確認する。

 右ヨシ! 左ヨシ! 前方ヨシ!

 穴から顔出して警戒するなんてまるで兎だ。その兎に追われて穴の下まで下りたなんて悪い冗談だが。

「んで鏡餅様、これから向かうのはどっちよ」

「玄兎軍だ」

「その心は?」

「断られるなら早い方がいいだろう」

「そんなフラれる前提で告白する若者みたいな扱いかよ」


 即刻フラれた。

 あまりにも早過ぎて改行だけで時間経過を描写できてしまうほどだ。

 まさか陣幕が見える遥か手前で、ご丁寧にも伝令係が出てきて断られるなんて。てっきり無慈悲なニンジャ兎に追い回されて手裏剣投げられるものだとばっかり思ってたから優しさに涙が出てくる。


「残るは玉兎か。丁重と言わずとも受け入れてくれるんだろうな」

「主の態度次第だろうな」

「三度目の門前払いなんてなったら野良になってグレるぞ」


 それこそ連合勢力に取り入って過ごしたっていい。


「ついでだから聞くけどさ、連合勢力って何なんだ?」

「烏合の衆だな」

「いや聞きたいのは勢力の特徴じゃなくてさ」


 思い出したのは、あの捕虜兎が口にしていた言葉だ。

「資格があるのは大将だけだ」――それが気になっていた。


「月兎・玄兎・玉兎に大将がいるのは分かるんだよ。でも連合勢力ってそれとは訳が違うだろ。烏合の衆だの互いに食い合ってるだの」

「そんなところまで興味があるのか」

「腑に落ちないままだと気持ち悪いんだよ」

「それは物事の順序が逆だからだ」

「いや、順序が逆だって言うなら先に結論を言ってくれよ。それこそ逆だぜ」

「まず、参加者の座が四つあった」


 鏡餅様は少し黙り、やがて静かに語り始めた。


「その座に着くために誰もが争った。やがて単独では勝てないから群れを成し、特技を活かす者らが現れた。自身の望みを強者に託すものが現れた。望みを一に団結するものが現れた。それが核となり離合し集散し形となって軍となった」

「つまり……どれにも属さない残り物が連合勢力?」

「少し違うな。その中で座を手にした者たちは他の勢力を取り込み、月兎・玄兎・玉兎と呼ばれるようになった。だが、座を得ても他をまとめきれなかった軍勢が暫定的に連合勢力と呼ばれているだけだ」

「ふうん。じゃああれだ、その座を手に入れられても奪い取る――下剋上ができるってわけだ」

「何故そう思う?」

「だって連合勢力って互いに食い合ってるんだろ。それって下剋上ができるからじゃないのか?」

「参加者の座はすでに全て確定している。これは揺るがない」

「じゃあ何のために」

「ヤクザと変わらん。大将が要求を呑めば力を貸す、断れば敵に回る」


 そんなところに近づきたくねえな、と頷きながら俺は目の前の坂道を歩き始めた。



 ■□■□■□■□■□■



 体感二時間歩いたところで玉兎の陣営に着いた。月兎が赤法被で玄兎が紺色法被なら玉兎は玉虫色か、なんて想像していたらこちらは緑色だった。となると連合はヤクザらしい黒なのかね。烏合の衆らしい色でもある。

 これまで敵対され丁重に断られとされてきた中、玉兎は待機中だったろう兵に案内を受けた。どうやらナビを兼ねて先行していた鏡餅様が話を付けていたようだ。


 玉兎軍の陣営は他と比べて整然としていた。テントが規則正しく並び、兵たちが整然と動いているのを見ると、これまでの月兎や玄兎とは一線を画しているのが分かる。


「……それでも法被なんだよな」


 自分の中で、兎=法被という図式がほぼ確立されてしまいそうで怖い。緑色の法被を着た兵士たちは俺たちをちらちらと見ながらも、特に干渉してくる様子はなかった。

 案内されるままに歩いていくと、ひときわ大きなテントの前にたどり着いた。見張りの兎が二羽、槍のような千本杵を持って立っている。月兎での記憶がよぎり、一瞬嫌な汗が流れる。


「先に行って話をしてくる」


 そういうと鏡餅様が一人先へ進む(見た目だけなら一かさねだけど、あれがドローンである以上一台というべきか)。

 見張りの兎たちはその姿を一瞥すると、何かを確認するように頷き、杵を地面に突き立てて道を開けた。


 こうして一人で待たされると、途端に襲われるんじゃないかと不安になってくる。向こうにも敵意は無さそうだから大丈夫だろうけれど、あの時は本当に大失敗だった。

 ややあって鏡餅様は戻ってきた。


「話を付けてきた。ここから先は一人で行け」

「あれ、鏡餅様は?」

「外で待っている」


 他に仕事があるということだろうか。

 特に追及する事もなく、鏡餅様と入れ替わりで入り口の奥へ進む。

 テントの中に案内されると、そこには緑色の法被ではなく、深い青緑の装束を身にまとった兎が座っていた。その佇まいは凛としていて、これまで会ったどの兎よりも品格を感じさせる。しかし顔はどの兎とも見分けがつかない。

 衣装が変わったらその時点で見失う事請け合いだ。兎同士はその辺問題ないんだろうけど。


「……もしかして、玉兎軍の大将?」


 その問いに、目の前の兎はゆっくりと頷いた。


「やあこんにちは。ツウシンペイから話は聞いているよ」


 声は落ち着いていて、どこか冷たさも感じさせる。


「まずは歓迎しよう。敵であれ味方であれこうして人間と縁が生まれることはかれこれ三百年振りだ」

「そりゃどうも。けど、歓迎されるとは思ってなかったよ。これまで門前払いばっかだったし」

「それはそうだろう。どこの馬の骨ともわからぬ人間をあっさり受け入れるなんて、そんな危険な真似は普通は犯さない」

「まあ、それはそう……」


 大将の言葉に何か引っ掛かりを覚えた。

 あれ、なにが引っ掛かるんだ……?

 しかし特に意に介する様子も無く、大将は続ける。 


「役立つものを無下にするほど我々は見境なしではない。それが玉兎の方針だよ。」


 言葉に含みがある気がして、少し緊張する。


「そう緊張しないでくれ給え。今は互いに信用を築くところから始めようじゃないか」

「信用か。俺も好きな言葉だな」

「それは気が合うね。信用は互いの価値を高める素晴らしいものだ」

「具体的何をしたらいいんだ?」


 大将の落ち着いた態度に反して、俺は少し刺々しい返しをしてしまった。

 けれど、それを聞いた大将は微笑みを浮かべるだけだった。


「生き急ぐねえ人間。会話一つ仕草一つからだって信用は生まれるものだよ。声が震えている者としっかりと受け答えする者が同じ説明をしたとき、受ける印象はまったく違うだろう?」

「その通りだ」

「というわけで、互いに質問をしようじゃないか。一問一答ずつ」

「一問一答ねぇ……」


 正直、こういう駆け引きは苦手だ。けど、断る理由もないし、拒めば逆に信用を失うのは目に見えている。


「じゃあ、俺からいいか?」

「もちろん」


 大将は落ち着いた様子で頷く。その態度に、どこか挑発されているような気もしたが、気にせず話を続ける。

 

「嘘を吐いたり隠し事をするのは?」

「それを質問権として使うのかい?」


 フフフ、と噛み殺した様な笑い声を大将は上げた。


「なかなか面白い事を言うね。大胆なのか慎重なのか計りかねるよ」

「お互い話したくない事とか秘密の事はあるだろ」

「確かにその通りだ。けど、そういう事を知ったら殺される――」


 大将は背後に立つ衛兵に一瞬目を送り、

「なんてことは考えないのかな?」

 と、静かに言った。


「……そっか。質問は選ばなきゃダメな訳か」

「嘘を吐く権利を認めれば選ぶ必要はなくなるね」

「でもそれは互いに知りたいこと知れないだろ」

「君には確かめたいことがあるんだね」

「ああ、ある」


 それを聞いた大将は静かに頷く。


「わかった。では私は嘘を吐かないと月の神に誓おう」

「俺も誓うよ。ただ、言いにくい質問はパスできるなら助かる」

「それで構わないよ。それじゃ、次は君の質問する番だ」

「……ん?」

「だから君の番だよ。私は今しがた質問をし、君はそれに答えた」


 穏やかな口調で大将は言う。

 兎なのに食えない大将だ。


「それじゃあお言葉に甘えて。まずあの鏡餅様――ツウシンペイって言ってたっけ、あれって玉兎のものなの?」

「……ああ、そういえばそういう話を聞いてましたね。答えは

「…………」

「どうやら予想は裏切れなかったようだね」

「別に本人がそう言ってたわけじゃないからな」


 それこそ捕虜兎がそう言ってただけであの鏡餅様は何も言っていない。


「ついでに教えてあげるとどこの所属かは私も知らない。三分の一だから適当に答えたら当たるやもしれないけどね」

「そこまで答えてくれるなんて、あんた優しいんだな」

「この会話は信用を築くためなんだから当然じゃないか。さて次は私の番だね。君の力を見せてくれないか?」

「俺の力?」

「手の内を晒したくないというなら無理を通す気はないが、見せてくれるならこちらも力を貸す所存だよ。能力の底上げくらいはできるだろう」

「それは願ってもないな」


 その言葉に大将は面白そうに声を上げる。本当に面白いのかどうか、表情が分からないだけに何とも言えない。が、願ってもない話だ。道具を出して餅をつくだけなんて、隠したところで大した秘密にはならない。


 俺はいつものように臼を呼び出し、杵を手に取った。周囲の衛兵たちがざわつく気配がする。こっちをじっと見ている視線が刺さるが、無視して蒸し米を投入する。

 杵を振り上げ、一気に振り下ろす――餅をつく動作そのものは、もうすっかり板についたものだ。リズムよく杵を振り下ろし、餅がみるみるうちにまとまっていく。その間、大将は興味深そうに俺の動きを観察していた。

 気分は正月恒例の餅つき大会だ。まさか戻ったら正月三が日過ぎていた、なんてことはならないだろうな。書き入れ時に失踪していたなんて思われたら大ごとだぞ。


「能力は現時点ではこれだけ、ってことかな?」

「そうだな。道具を自在に出し入れ出来るようにはなったけど。あとは餅で足枷作ったりとか」

「餅というからには当然食べれるんだろう」

「毒は無いな。俺も食べてみたし」


 俺は実演して見せた。と言っても一口分だけちぎって食べるだけなので大した実演でもない。ごく普通の味気ない餅だ。醤油でもいいから調味料が欲しいぜ。

 回復効果の説明は……いいや。説明したらしたでそれも実演しろとか言い出されかねん。


「餅で足枷と言ったけど、強度はどの程度に?」

「小さかったから簡単には壊せなかったな」

「なら餅で棒を作ってみようか。試しに五尺ほど」

「五尺!?」

「そうだね、武器に出来る程度に長い方がいいだろ。その杵じゃ戦いにくそうだ」

「はぁ、なるほど」


 餅を主力武器にするのは考えもしなかった。そもそも思いついてもという話だが。

 棒を作るには量が足りなかったので蒸し米を追加投入し、さらにつきあげた。それをテーブルを間借りし棒状に伸ばしていく。手粉が無くても問題が無いのは実証済みなので必要なのは手早さだけだ。

 なんとか棒状に成形した餅を大将に見せる。持っても折れない程度に固くなるまで本当にあっという間だ。


「強度を試すためにそうだね、臼に思いきり叩きつけてみようか」


 言われるがまま、なすがまま餅棒を臼に叩きつけた。

 鈍い音と共に、臼を叩きつけた反動が直に手に返ってきた。ちょうど棒で切り株を叩きつけたようなあの感覚だ。折れていればこんな痛みは無い。

 つまり餅棒は無事で、成功だ。


「見立ては当たったようだね」

「これ、本当に餅かよ」

「それは今更気にすることでもないと思うけどね。さて、次は君が質問する番だ。何を聞きたい?」


 訪ねたいことはまだまだある。ただどこかで打ち切られるかもしれないと考えたとき、一番先に聞くべきことは何になるか。それが問題だ。


「……馬っているの?」


 結局、口に出たのはあまりにも遠回り過ぎる質問だった。

 もう少し言葉を選ぶ時間を使いたかったけれど、それで時間切れにされても困る。


「馬? 君の言う馬は地球の動物の馬でいいのかな」


 それに対する大将の回答は意外にも、やたら遠回りな返事だった。

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