第7話 煮ても焼いても食えぬは烏と兎
それまでつらつらと弁じ立てていた玉兎の大将だが、ここにきて珍しく迂遠な言葉遣いをした。
「君の思う通りの動物はいないね。月面にも我々の生活拠点にも」
「……そっか」
「こちらからの質問だが、どうしてそう思ったんだ?」
「だってさっき『馬の骨』って言ってただろ?」
「なるほど。そうか、君の言葉ではそう言うのか」
月から地球まで経由しそうな迂遠な物言いだ。まるでわからん。
「すまない、まるで意味が分からんのだけど」
「その辺りの説明さえも無いのか。まったく不親切な召喚者がいたものだね」
大将はどこにあるか分からない肩を竦めるような動きをした。
「君の話す言葉と私が話す言葉は、月の神の加護を通じて翻訳されている。といえば伝わるかな」
「なるほど」
とりあえず困ったら月の神の名を出せば大体済むという事だけは伝わった。
「月の神の加護の翻訳は相手が理解できる言葉に変換されるから、私が馬という動物を知らなくても君にはそう聞こえるんだよ。裏を返せば、理解できない言葉は翻訳されずにそのまま理解できない音として届く」
「ツウシンペイみたいなものか」
「それはどこかで理解できていると私は思うね」
理解できてるか? ツウシンペイなんて言われても何も思いつかんぞ。あんなの鏡餅型の通話機能付きドローンみたいなものじゃないか。
…………。
「ああああああああああ……なんっか胸のつかえがとれたっていうかうわ、そういう事かよ……! んん? 待て待て待て、さっき馬がいないって言ったよな。どうしていない馬の情報をあんなに知ってるんだ」
「まったく、見ていてまるで飽きない人間だね君は。道化師として身近にいてもらうだけでも価値が有りそうだ。さて、それに対しての答えは簡単だ。私は人間の知識を有しているからだ」
「いや、意味わからんて」
「わからないように言ったんだ。分かっては取引にならないからね」
すっと、大将の声が冷たくなった、そんな気がした。
「取引と言っても難しい事じゃない。連合勢力の大将のところへちょっと挨拶に行ってほしいだけだ。幸い十分に使える武器も手に入ったことだし、不安は無いだろう。その対価に君が求めている質問に答える。その答えは君が抱える疑問の大半を氷解させると踏んでいる」
「不安しかねえなあ」
「心配することはない。道中はこれまで通り通信餅が案内するから」
「行って帰ってきたら敵になってましたは御免だぞ」
「ははは。無事に帰ってきた時のために君の席を用意しておくよ。ああ、その餅は仕舞わない方がいいだろうね。話を聞く限り一度仕舞ったら米の状態に戻ってしまうだろう」
「ご忠告どうも助かるよ」
「どれ、門のところまで見送ろうじゃないか」
大将は本当に門まで見送りに来た。鏡餅様はずっとそこにいたのか門の外で浮いていた。
「わざわざ大将自ら見送りにきてもらってありがとな」
「礼を言われることでもない。玉兎は君を受け入れたんだと対外アピールできるのでね。これから忙しくなるだろう」
「最後まで食えねえ大将だ」
「大将が食われる時は負ける時だ。さ、お使い頼んだよ」
俺は大将に見送られ、再び鏡餅様のナビで歩き出す。どういうわけか大将がいる間の鏡餅様は無言だった。
「なあ鏡餅様、あんたどこの陣営なんだ?」
玉兎の陣営が見えなくなった辺りで鏡餅様に尋ねた。
「それを聞くことに意味はあるのか?」
「有る無しで言ったらまあ……無いけどさ」
「余計な詮索はしない方が賢明だ。特に玉兎に関わる以上はな」
「確かに。あの大将、情報聞き出すためならなんでもしそうだもんな」
とは言ってみたものの鏡餅様の立ち位置は依然として不明だ。大将の言う月の神に誓いだってそれがどの程度の意味合いなのかもわからない。この世界には本当に神様がいるんだし、子供の『一生のお願い』よりははるかに重いんだろうけど、それが証明になるわけではなし。
信用できるのはこの餅棒だけだ。この棒なら振り回すだけでもそれなりの脅威になるはず。
「見えてきたな」
鏡餅様は珍しく厳しい口調で言った。その口調の理由はなるほど、見て分かった。
「合戦中かよ……」
片方は紺の法被、もう片方――というかそれ以外の色やら素のままの兎やらてんでばらばらだ。なんとも聞いていた以上だ……。
素人でもまるわかりの統制力の無さだった。まるで不良ドラマで見る喧嘩だ。対する紺の法被を着た玄兎軍は明らかに訓練された動きで隊列を組み、整然と攻撃を仕掛けている。
もはや合戦というよりも、群衆が整然とした軍勢に飲み込まれていくような状況だ。
「どうする? このまま挨拶どころじゃないぞ」
「予定を変更する必要はない。現状を理解した上で交渉を進めればよい」
冷静な鏡餅様の声に、俺は思わず眉をひそめた。目的が挨拶から交渉に変わっているじゃねえか。最初からそのつもりで挨拶なんて言ってたんだろうけど、騙されたようで腹が立つ。
「交渉ってのはあれか、玉兎が力お貸ししますよってことか?」
「まさか呑気に引越しの挨拶をすると思っていたわけでもあるまい」
「そういえば持たされてたのは蕎麦じゃなくて餅だったな」
餅じゃあ建前だな、なんて言ってみたけどきっと通じてないだろう。そういう文化が果たして兎にあるのかどうか。今の日本でも通じるかどうか。
「それでどれが大将なんだ?」
「あの手前の黒い兜を被ってるのがそうだ」
「随分近いな。てっきりあの乱戦の中を突き進むのかと」
「無駄なリスクを負うのは愚か者だけだ」
そういえばいましたねそんな阿呆。
「道は選んだからな」という鏡餅様の言葉に従い、乱戦を避けつつの最短ルートを進む。
横目に映るのはバラバラに動く連合勢力の兎たちと、それに秩序で対抗する玄兎軍。まるで綺麗に積み上げられた積み木を乱暴に崩す手のように、無秩序と秩序がぶつかり合っている光景だった。映像化したら人気が出るのは連合勢力に違いない。
単純というのは一つのわかりやすさで、わかりやすさは人気の出る要素だ。
戦場の端で指揮を執るらしい黒兜の兎――これが連合勢力の大将らしい。向こうで散らばる連合兎たちとは違ってこちらは冷徹な空気が漂っている。
「大将って一口に言ってもみんな雰囲気が違うもんだな」
「半分しか見とらんがな」
むしろ半分も見てる気がするが。
討たれたらそれで終わるような相手にそう易々と会えるものじゃないだろうに。
その証拠に大将に近い兎らの警戒心は強い。こちらが一歩でも踏み込めばすぐにでも襲いかかってきそうな、そういう気迫がある。
「これ、先に進めないんだけど」
「家主の許可なく玄関を勝手に開けるのがそちらの礼儀なのか」
「あーはいはい。なんか毎回お小言聞かされてる気がするわ」
要は向こうが許可を出すまで動くなと。気分はチャイム鳴らして待ち続ける飛び込み営業だな。やられたことしかないけど。
ややすると側近と思しき法被無しの兎が跳んできた。
「御大将が御待ちだ。人間、貴様だけ来い」
「えーっと、この鏡餅――」
「駄目に決まってる」
こちらが言い終わる前に遮られた。言葉を遮るのが礼儀なのかと言ってやりたい。言ったら即戦闘になりそうだけど。
「なぁ兎――」
「黙って歩け」
玉兎とは打って変わって
黒兜の眼前に着くと、側近の兎は脇へ下がり俺を睨みつけた。下手な事してみろ、と強いメッセージ入りの目線だ。
丸太に腰を落ち着けた黒兜の兎もそちらに負けぬ鋭い眼光をこちらに向け、
「はじめまして。人間さん」
と言った。
「お会いできて光栄です。連合勢力の御大」
こちらも負けじと慇懃無礼な態度で返す。
「ところで人間さん。今回は一体どのようなご用向きで?」
「今回は玉兎の使者として来ましてね。連合勢力の御大将にご挨拶をして来いと」
「それはそれは、わざわざご足労頂きありがとうございます。しかし我々は見ての通りの状況でして、何のもてなしも出来ず申し訳ない」
「いえいえ。こちらもただ顔合わせのつもりでお邪魔したので」
「なるほどなるほど。さて冗談は置いといて、本題に入りましょうか」
どこまでが冗談だったのか、連合大将はそう言って深く座り直す。
「見ての通り我々は劣勢でしてね。このままでは墜ちるのも時間の問題になってしまう。いっそナパーム弾で味方もろとも焼き払えたらと思うのですが、この月にはありませんからね」
「随分恐ろしいことを」
「玉砕覚悟という比喩ですよ。彼らとて私を大将だと認めているかどうか」
「よくそれで大将やってるな。俺なら降りるぜ」
「残念ながら降りることも代わるもできないんですよ。それ即ち討たれることですから」
「……それで、一体俺に何をしろと」
「話が早い。さすがは玉兎の遣いだ。別に玄兎軍を追い返せとは言いません。私が敗走する時間を稼いでいただきたい。対価は連合勢力の兵です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます