第10話 個を固めるライスサイクル
俺は元野兎と同じ療養所へ案内された。そこには生傷の絶えない兎達がたくさん――と思っていたら先ほどの野兎達だけだった。
ここには玉兎の兎はいないんだろうか。
「さっき振りだな人間」
「……ああ。君達も無事で何よりだ」
「なんだ、拷問でも受けてると思ったのか?」
「あの大将なら情報聞き出すためにそれくらいやると思ってる」
「そんな手間、誰もかけねえよ」
「大将もよくこんな人間を頼れと言ったもんだ」
不機嫌そうに言ったのは別な兎だった。
「……お前、ひょっとしてあの腕を引っ張った兎か?」
「あん? 他に誰がいるんだよ」
「だって俺、兎の顔なんて見分けつかないし」
「チッ」
「けどありがとな。おかげで助かった」
「助かっただ? 助けられたのは俺らの方だろうが」
「玉兎に匿われるなんて誰も思ってなかったからな」
「いつまで続くか知らねえけどな」
兎が一気に喋りだした。こいつら全員法被着てないからシャッフルされたらすぐ分からなくなるぞ。傷の位置で把握するしかない。
「それで人間、俺らはどうなるんだ?」
あの側近だったと思しき兎が言う。
「大将と話してたってことは何か俺らの沙汰の話も出たんだろ?」
「……その話はしてない」
俺がそう答えると、兎たちは一瞬驚いたような表情を浮かべた。
「なんだよそれ。あの大将が、何も言わなかったのか?」
「お前らを迎えるってことだけは言ってた。あとは『しっかり養生しろ』ってさ」
「養生ねえ……それだけで済むならいいけどな」
一匹の兎がぽつりと呟いた。場の空気が少し重くなる。
「まあ、あの大将のことだ。何か考えてるだろうよ」
「信用してんのか?」
「いや、してない」
「じゃあなんでそう言うんだよ」
「お前らが不安にならないようにだよ」
……駄目だ、こいつら兎なのに青い狸に見えてくる。そのうち大喧嘩に発展しかねん。
「ま、まあ一旦落ち着こうぜ。餅ならいくらでもつくからさ」
落ち着くと餅つくを掛けた冗談だけど、これって向こうにちゃんと通じるんだろうか。
「餅か、そういえば大将が言ってたな」
そう口にしたのは、傷の具合からして側近だった兎だ(そういえばこいつらにも名前はあるんだろうか。これまで役職で呼んでいただけで名前を聞いたことは一度もなかった)。
「お前のつく餅には回復効果があるとか」
「……口が軽いのか、御宅の大将は」
「何の情報も無しに玉兎に従うほど俺らも馬鹿じゃねえからな」
鏡餅様は連合軍の大将で間違いなかったらしい。
となると必然的に俺を呼び出した理由がわかってしまう。あの勢力で戦おうとすれば戦力が足りなすぎる。
「お山の大将ってのも楽じゃねえのな……」
俺は餅をつきながらぼそりと呟いた。一体どんな願いがあって大将になったのか。今となっては聞くことも叶わないが。
ついた餅を一口サイズに捏ねてそれぞれ兎に渡すし、余った餅も小さく丸め、お供えのつもりで臼の端に置いた。
二個作って鏡餅にするでも良かったか。
「こんなところで餅を食うなんてな」
「大将様様っだ」
「その大将を選んだせいでこんなところにいるんだけどな」
「腹が膨れるだけでもありがたい」
三者三葉銘々に好きな事を喋る。一羽だけ性格がマイペースなのか、他と感想が違う。
「ところでさ、お前らにとってこの戦ってどういうものなの?」
ふと気になったことを口にした。
大将が戦う理由は分かる。それ以外が戦うのはなんなのだろう。連合勢力じゃ恩賞だって少なそうなのに。
「出稼ぎ」
最初に答えたのは側近だった。よくそれであの大将に従ったな。
「不都合が重なったんでな。遅れて他所の下っ端になるよりはマシだ」
「生存確率の問題か。他は?」
「まあ同じようなものだろ」
「大将の座を取れなかったから仕方なくとか、他の大将が気に食わないからとかだな」
「それで玉兎の傘に入ったんだから世話ねえや」
「言えてるな」
「……誰も慕ってねえでやんの」
「そういう集まりだったからな。だから、お前を選んだのは半分以上賭けだ。大将が目を掛けてたからとかじゃなくな」
と、側近兎は言った。
これもまた一つのツンデレってやつなのかね。それでも一番は自己保身だろうけど。
餅を食べた兎達の身体はいつの間にか傷が癒えていた。おかげで傷で兎を見分ける事ができなくなってしまった。我ながらなんて失態だ。
いや、今までも別に見分けて会話をしてたわけでもないけども。
「それにしてもすげえな。お前の餅一個で痛みが無くなったぞ」
「マジかよ。そんなすげえのか俺の餅」
「なんで作った本人が知らねえんだよ」
「他人に餅食わせたことなかったからな」
「こんな能力あるなら後ろで餅ついてるだけでも強いだろ」
「どっかの大将があちこち連れまわすせいでこんなことになったんだよ」
「その大将はもう報いを受けたじゃねえか」
「報いかなぁ」
「もう一個食ったらでっかくなったりしねえかな」
お手上げだ。もう誰が喋ってるのか分からん。
「ああもう、餅ならいくらでもついてやるから――」
「月兎軍が玄兎軍を破ったという一報が入った」
兎達との平和な談笑を破ったのは玉兎の対象だった。
「連戦で疲弊した月兎軍を叩く。全軍、準備を整えろ。君達も出動――傷はどうした?」
「こいつの餅のおかげでな、完全に癒えたよ」
「人間、こんな話は聞いてないが?」
「俺もついさっき知ったんだよ。餅食べただけて傷が癒えるなんて」
「なら話は早い。お前たちは後方支援だ。怪我人の口に餅を運び続けろ」
■□■□■□■□■□■
ついに戦場に到着した。遠くから聞こえる戦いの轟音が、否応なしに緊張感を高める。俺たち後方支援部隊は、安全な位置に陣取り、餅をつく準備を始めた。
「おい人間、手を止めるな! 餅が足りねえぞ!」
「分かってるって!」
俺は臼と杵を全力で動かし続けた。次々と餅をつき、丸め、兵士たちに渡していく。その餅を受け取った兎たちは、前線へ駆け出していった。
「負傷者を後ろに下げろ! 餅を食わせろ!」
指揮官の声が飛ぶ。負傷した兵士が次々と運び込まれ、俺のついた餅を食べると、不思議なことにすぐに立ち上がり、再び戦場へ向かっていった。
傷ついて餅を口につっこまれて動けるようになったらまた前線に戻されるなんて、前世でどんな悪さしたらこんな目に遭うんだ。畜生道だってこんなに酷くないだろう。
……河童が寿司なら兎は餅か。
「SNSに上げたら大炎上だな……」
「阿呆なこと言ってないで手を動かせ!」
「これ以上早くは動かねえよ! 疲れないから口が少し暇なんだ!」
「だったら俺らの分も餅寄越せ! あちこち走り回って足が限界だ!」
「誰が誰だか分かんねえから勝手にもってけ!」
命のやり取りがないから安心だなんて考えていた少し前の自分を殴ってやりたいね。死にかけに命与えて馬車馬に働かせるのが好きな奴にはさぞ極楽浄土だろうな。
それでも永遠には続かない。
この戦が終われば、どちらかの大将が討たれれば、帰れるのだから。
そしてその時は訪れた。
「月兎を打ち倒した!」
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