第2話 月のウサギは首を狙ってはねる!

「月って、あの月に行ってきたってネタにされてる静岡県浜松市の月でお間違いなし?」

「どうしてそこまで説明口調なんじゃ」

「そりゃあ行き違いがあっちゃあいけませんから」

「無論そっちではない」


 鏡餅様は偉そうに仰る。

 ペットは飼い主に似るとは言うが、鏡餅はどうなんだろう。作り手の性格が反映されるなんてのはよく聞くが、だとしたら普段から俺はこんなに偉そうなのか。客商売として身の振り方を考えねばなるまい。

 我が身をかえりみるなんて年の瀬らしいことをする俺を無視し、尊大な鏡餅様は話を続ける。

 ――その身を巨大化させながら。


「餅に関する月ならひとつしかなかろう。鏡餅が太陽と月を表す様に、兎が餅をく様に――な」

「そんな、兎が餅を搗くなんて世界から見たらごく一部じゃない――」


 言い終える前に。

 人を呑むほどに巨大化した鏡餅に俺は潰された。

 ……そもそもごく一部と言うなら、鏡餅自体が日本独自の風習じゃないか。



 ■□■□■□■□■□■



 本に押し潰されて死ねるなら本望だ。

 そういう読書家、あるいは本好きの話はよく聞くが、他のパターンはどうなのだろう。ペットに殺されても本望だと思う飼い主ならより理解を得られるだろう。

 同じ愛でもそれが子供なら?

 子に殺されるなら本望だと?

 一子相伝の流派かよとつっこまれるのが関の山か。

 車好きに電車好き、これじゃただの轢死れきしだ。

 食べ物、生活習慣病が先か。


 ――なんて思ってたのに、まさかその食べ物に潰されて死ぬなんてなぁ。質量が増えるなんて卑怯だわ。その能力で食料自給率解決してくれよ。


 ……ところで、俺はいつ死ぬんだ?

 実はお前はもう死んでいる、みたいに死んだことに気づかずにモノローグに浸っているとか?

 いやいや、そんなことはあるまい。鏡餅が巨大化するくらいに非現実的だ。幽霊となって思考してると思う方がまだ納得だ。哲学的幽霊。まだ人生を省みろと閻魔様は仰るか。


 なんて心の中で閻魔様にまで楯突いた事が読まれてしまったのか、突然脳内に声が響いた。


『餅搗き技術を【杵臼】スキルLv1に昇華』

『餅搗き技術を【横杵】スキルLv1に昇華』

『加工技術を【餅細工】スキルLv1に昇華』

『【杵臼】【横杵】【餅細工】スキルにより【蒸し米召喚】が可能』

『月の神の加護により月面環境に適応しました。言語能力の対応が完了』

再起動リブート



 すっ、と身体に力が戻ってきたような気がした。

 どうやら本当に眠りこけていたようだ。

 やれやれ、喋る鏡餅が巨大化して潰されるなんて夢が初夢じゃなくてよかったよかった。縁起のいい初夢なんて江戸の頃から決まってる。

 一富士二鷹三――


――っ!?」


 思わずレスラーみたいな叫び声を上げてしまった。

 有史以来、一体何人がこの光景を悲願として求め、そして科学の粋を集め命を賭して成就してきたのだろうか。

 全面灰色の世界から望む青い星、太陽系第三惑星地球の姿を。

 これを感動したと、簡単に受け取ってしまっていいのだろうか。本当なら俺みたいな人間見るなんて許されることのない絶景ではないか。


「お主、ようやくお目覚めか」


 そう言ってきたのは中空に浮く鏡餅様だ。心なしか――いや、嘘だ。手の平サイズにまで小さくなっている。頭の橙もペットボトルの蓋サイズしかない。


「大きくなれるなら小さくもなれる。道理であろう」

「そんな道理、俺は知りません。っていうかここはどこですか」

「前もって説明した通りの月だが」

「そうですよね無理が通ってる時点で道理はありませんよね」


 常識とか道理が通じないとかそういう段階ではないのは間違いない。浮かぶ鏡餅と言葉が通じてる時点ですべてを受け入れねばなるまい。

 俺はとりあえず背中をクレーターの壁(壁というか山だ)に背中を預け地面に胡坐をかいて状況を確認する。ふむ、履いているのは普段ランニングで履いているスニーカーだ。格好は潰される前のまま。それ以外の特別な事はない。

 つまり平服で月の上に胡坐をかいているということだ。この異常事態からまずは慣れていこう。


「んで、改めて鏡餅様。俺は何をついたらよろしいので? もうここまで来たら餅以外だってついてやりますよ。嘘だろうが鐘だろうが槍だろうが」


 「『つき』に来い」を「餅を『搗き』に来い」だと思って安請け合いした結果、「月」に着いてしまったので今更何が来ても驚かない。

 

「そう気負うな。主は餅屋だろう」

「へえ、一介の餅屋でございやす。そんな餅屋がこんな絶景見せられてるんですから、槍が降ろうが銃弾が降ろうが今更もう驚きませんわ」

「投げやり通り越してやけっぱちだな。餅屋が搗くのは餅が道理ではないか」

「その道理をひっこめた鏡餅が何を言うか。搗く餅は餅でも尻餅だがな、なんて言われても笑えんわ!」

「尻餅か。うまい事を言うな」

「絵に描いた餅よりも食えねえ鏡餅様だよ」


 鏡開き前に叩き割ってやろうか。


「鏡開き前に割られては敵わんな。しかし、尻餅とは面白い事を言う。ある意味その言葉は的を射ている」

「まさか尻餅で餅つき大会なんてことを」

「そんなもののために月まで来る人間は空前絶後だろうな」

「国内でだってそんな呼び出し受けたくねえよ」

「尻餅はないが、尻に敷くくらいの覚悟と度量はあった方がいいのは違いない」

「尻に敷く? 俺が? 敷かれる側じゃなくて?」

「ああ、だがその前に――」


 と、鏡餅が90度横に回った。この鏡餅……前とか横とかあるのか。後でその辺の石で顔を削ってやろう。月の石で削れるなんて贅沢極まりないな。

 なんて悠長なことを考えていたせいで、周囲を囲まれていることに気づくことに遅れてしまった。


 ――赤い法被を着て手杵を持った子供サイズの兎に。


「……兎?」

「月に餅とくれば兎と来るのは道理だろう」

「いや、だから道理とか引っ込めたのはてめ――っ!」


 ――兎が跳ねたと思いきや、そのままこちらの頭めがけて手杵を振り下ろしてきた。

 寸でのところで避けれたのはただの偶然――いや、向こうが威嚇してきただけだ。振り下ろした兎は元の位置に下がり、こちらの動向を窺っている。急に立ち上がればそれこそ威嚇と取られて頭をかち割られかねない。

 畜生、杵で頭をかち割るのは兎じゃなくて狸の役目じゃねえのか。その皮ひん剥いて背中に唐辛子みそ塗りたくってやろうか。


「見ろよ鏡餅様あいつらの眼。殺意で目が血走ってやがる」

「猿の尻と兎の眼が赤いのは太古の道理だ。しかし冗談が言えるとは余裕だな」

「いや、冗談でも言わなきゃ漏らしそうなくらいにゃビビってる」


 左手を前に出し、敵意が無い風を装いながらゆっくりと立ち上がる。ホールドアップ。この通り武器は持ってない。


「で、どうすりゃいいんだ鏡餅様よ」

「餅の気持ちを体験してみるか餅屋よ」

「死ぬにはいい日だってか。勘弁してくれ」

「敵は五匹、お前は一人。何を恐れることがある?」

「恐れしかねえよ! あと兎は五羽な!」

「声が出るなら脚も動くな」


 言って、鏡餅様が一人――一重ね飛び出した。傍から見たらUFOにしか見えない鏡餅様に兎共が気を取られたその隙に、俺は脇へ飛び出す。

 そのまま脱兎の勢いで俺は兎共から逃げる!

 ダサかろうが何だろうが生き残れば勝ちだ!

 伊達に日頃から運動はしていない。いくら社会がオートメーション化しようと資本は身体だ。

 が、そこは敵もさるもの引っ掻くもの。脱兎の如くをお家芸とする連中である。すぐさまこちらを追いかけてきやがった。

 去る者追わずは兎には通用しないのか。

 なんて冗談言ってる場合じゃない。素手で武器持った相手と対峙なんてできるか。


「難儀してるな」


 囮となった鏡餅様が戻ってきた。つまり追手は増えたということか。ふざけんな!


「なんかねえのか鏡餅様よ! こう神の御業みたいなものは!」

「神の御業なら既に受け取っておろう」

「ああそうだな! 真空で全力で走ってるのにまだ喋れてらぁ!」

「餅屋よ。お前の職業は何だ」

「ああ!? それ今必要か!?」


 急に何を言い出しやがるこの鏡餅様は。

 人の気も知らねえで。


「手に馴染んだ道具を思い出せ。餅とは何か。敵の武器は何か」


 そんなの言われなくても手が覚えてるわ。つい数時間までこちとら何遍も振るってたんだぞ。


「……なあ鏡餅様よ。俺、人生で一度は言ってみたかった台詞いくつかあるんだわ」

「もう真後ろに敵がいるのに余裕だな。して、その言葉は?」


 俺は立ち止まって、振り返り――


「――!」


 光と共に現れたそれは――

 木臼と蒸したもち米だった。


「………………」(俺)

「………………」(兎共)

「………………」(鏡餅様)

「………………」(俺)

「………………」(兎共)

「………………」(鏡餅様)


「――!」


 今度こそ手に現れた横杵で兎共を殴り飛ばした。油断を誘った俺の勝利だ。

 ……さて、この臼ともち米、どうしようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る