第3話 つき立てろ! 錦の御旗 天下餅

 杵と臼があって蒸したもち米がそこにある。ついでに餅屋もいる。ならば餅をつくのが道理である。

 幸い先ほどの兎共は完全にノビているので時間はあった(やったことのない杵の横振りが当たっただけでも奇跡なのによく生きているものだ)。

 これらがどこから現れたのかとか、そういうあれこれを今更考えるのは学者の領分であり餅屋ではない。引っ込んだ道理は抜きたい奴が抜けばいい。


 手水も合いの手も無いのに大丈夫かと最初は思ったけれど、餅は簡単につけた。食べてみたら普通の餅である。何か急にパワーアップするとか、そんな感じはない。力餅食べて超人パワー! ってのを期待したのに期待外れだ。

 ならばせめて保存食にと、粉もなしに丸餅にしたらあっさり丸まりすぐに固くなった。


 ところで、水も火も無いのにどうやって食べたらいいんだろうか。そこに頭が至らないとは少しは学者の爪垢でも飲んだ方がいいのかもしれない。

 かといって残ってるのをそのままにするのはあれなので、どうせならと月見団子と洒落込んでみた。月の上でお月見ならぬ地球見とは。

 しかし母星に思いを寄せていても何も始まらない。

 やれることはなんでもやってみる。まずは状況確認から。


 餅が出せて杵と臼が出せてそれを武器に出来るなら餅もできるのでは?

 と思ったけれど、餅の武器って何だろうか。

 特定の世代に対してはやたら殺意が高いとはいえ、そもそも餅がモチーフの武器ってなんだ。トリモチか? 

 伸びてくっつき固くなる、喉に詰まる。

 ふむ。なるほど。

 

 倒れてる兎共を使って実験をしてみた。

 この際捕虜だの人道的なナントカだのは考えない。野生の世界なら勝った方に生殺与奪があるのだ。餅の気持ちを経験しないだけありがたいと思ってほしい。


 その結果、手枷――この場合は足枷か――にはなった。束縛する縄にするには固すぎて扱いには難しい。マンガみたいにぴったり拘束するには時間がかかりすぎる。餅をついてちょうどいい長さに伸ばしてそれを回して縛って、なんて誰も待ってはくれないだろう。というわけで手軽なのは足枷となった。


 ついでに余った月見団子を口に放り込んでみることにした。団子と動物と言えばきびだんご。これでお供になってくれればいいなというこれまた実験である。

 決して頭をかち割られそうになった恨みから喉に詰まらせろ! とかそういう悪意は決してない。餅屋としての矜持もある。ああいうニュースを毎年見る餅屋の気持ちも分かってほしい。


 固くなってる餅を気絶してる兎(今更だが種類は何になるのか)が呑み込めるのか疑問だったが、放り込まれた餅はするっと喉を過ぎていった。皆は餅を食べる時は少しずつ口に入れて食べるようにしよう。餅屋のお兄さんとの約束だよ。


 果たして、兎はパチクリと瞬きをした。

 こうしている分には巨大なぬいぐるみに見えるのに、手杵握って突撃されちゃたまらん。


「お、起きた」

「……ナニモンだテメェ」


 見た目にそぐわない、とんでもなく口の悪い兎だった。っていうか言葉喋れたんか。

 口の悪い兎は動こうとするが残念、すべての足に枷を嵌めさせてもらった。これを壊すのは容易じゃないぞ(この形にしたら何故か滅茶苦茶固くなった。おまけに小さいから身体を傷つけずに壊すことは俺には無理)。


「いや、何者って言われても……見ての通りの、ねえ?」


 別に余裕をこいてるとかそういうわけでもない。

 人間です、って言って通じるのかそもそも。


「そもそも、俺なんでここに?」

「オレがそんなこと知るかァ!」


 兎が牙を剥くとは思わなんだ。しかし凄まれてもその状態ではそこまで怖くない。ちょっと後ろに下がってしまっただけ。


「赤法被、月兎げっと軍だな」


 さっきまでずっと黙っていた鏡餅様がようやく口を開いた。


「……そういう情報知ってるならさ、もっと早く言ってくれない?」

「楽しそうに餅弄りをしとったんでな」


 楽しくないよ?

 こちとら何も知らない状況で生き残るために必死だよ?


「テメェ、?」

「や、だから俺は――」

、ツウシンペイ。テメェだ」


 兎は俺の隣に浮かぶ鏡餅様に向けて言った。

 お前、そういう名前だったの?

 どういう漢字だろうか。中国しか思い浮かばない。


「…………」


 鏡餅様は沈黙で何も答えない。


「人間を召喚したのはテメェだろ。玄兎げんと……じゃあねえな。あいつらが人間にツウシンペイを使ったりはしねえはずだ。玉兎ぎょくとか?」

「……餅屋、忘れていた説明をしよう」


 兎を無視して鏡餅様は言う。

 この際だ、この鏡餅様が敵か味方か善か悪かというのは一旦置いて拝聴させてもらおう。俺よりも事情に詳しいであろう兎の前で下手な事は言わないだろうし。


「主を連れてきた目的は一つ、天下餅の獲得」


 兎の方を窺う。反応が無いところを見る限りそれは予想出来ていた事のようで、つまりは目的は真ということか。

 ところで。


「あの、ところで兎さん、一つ頼みがあるんですが」

「…………」


 兎なのに見ざる言わざるとはこはいかに。

 とりあえず構わず伝える。これだけはどうしても伝えたい。


「リアクションするときは、どうかもう少し全身でリアクションしてもらえんでしょうか。兎さんの顔見ても全然感情がわからんので」


 初めて相対した時から思っていた事だ。

 流行りのアイドルグループでさえ顔の見分けがつかないってことがあるのにどうして兎の顔を見分けられようか。ましてや感情を。


「んで、鏡餅様よ。それが俺について欲しい餅ってこと?」

「その通り」


 天下餅ってあの歌のだよな。

『織田がつき羽柴がこねし天下餅座りしままに食うは徳川』の。

 でもその天下餅ってのは比喩であって……。


「……つまりは天下を取れと?」

「――テメェに取る資格はねえよ」


 口を挟んできたのは意外にも兎だった。


「兎さん」

「資格があるのは大将だけだ。余所者にその権利はねえ。早い話が人間、テメェは使い捨ての駒ってわけだ」

「なるほど。ありがとウサギさん。つまりこの鏡餅様には権利があると」

「無ェ奴がわざわざ召喚なんてすんのかよ」


 説明を補強してくれるあたり意外といい兎? なのかもしれない。


「鏡餅様、その辺はどうなのよ」

「その兎の言う通り。主には協力をしてほしい」


 ま、素直に答えるしかないだろうな。

 ここではぐらかされても困るが。


「協力するかはともかく、詳しくは説明してもらおうか」


 というか、仮にこの状況で断ったとして俺は無事に帰ることが出来るのかという話で。

 帰り方を探すために月面探索なんて嫌だぜ。NASAに頼った日にゃ宇宙人は実在した! とか言われて全世界デビューしてしまう……。


「……ところで鏡餅様よ。まずここはどこの月だ? ここから見えるアレは俺の知ってる地球か?」


 ここまで道理が覆されてきたのだ。今更見えてる地球は別物ですと言われてもひとまず納得はする。それでも一応聞いておかねばなるまい。最悪NASAに救出してもらうという手段が取れるかどうか。


「ここは主の知る月で、あれは主の知っている地球に相違ない」


 ただし、と鏡餅様は言う。


「主の時代より千年程は昔になるがな」

「千年!?」


 鎌倉幕府があるかどうかの時代じゃねえか。

 スプートニクが生まれるより先に月面に降りちゃってるよ。

 そんな時代の地球、俺は知らねえよ。NASAに頼る計画が真っ先に白紙だわ。


「さて、次に何を聞きたい?」

「ここに呼ばれた理由の天下餅、とやらについて」

「ではまずは順を追って話すべきだな」


 今更追うべき順があったことに驚きだ。


「まずこの月には四つの勢力がある。この兎の勢力月兎、玄兎、玉兎。そしてそこに属さない連中が対抗するために徒党を組んだ連合勢力。尤も連合勢力なんて身内で喰らい合うだけの名ばかりで実質三大勢力だが」

「なるほど三国時代じゃねえか」


 タイトルが変わってしまう。


「つまり、その勢力争いの覇者が天下餅を手にすると」

「理解が早いな」

「理解はしてないが納得はした。で、その天下餅ってのは……」


 なんと言ったらいいのか。言葉選びが難しいな。

 天下餅は文字通り天下だろうからそれは一旦置いとくとして、天下餅なんて言葉が生まれたのは徳川幕府の世代だから、千年前にその言葉を使ってるというのがおかしいわけで。いくら道理を覆されようと、道理がまるでないということでもあるまい。


 喋る兎や鏡餅がいるのはいいとしても、その言葉を互いに理解できてるのもいいとしても、何らかの理由でNASAに兎の存在が知られていないとしても、月に飛ばされたことも、月で活動できることも、その月が千年前だとしても、まあそこは全部道理をすっ飛ばしたものだとして、だ。


「…………」


 いや。

 別にそれも道理が引っ込んだと言ってしまえばそれで終わりか。何故引っかかるのかと言えば、ただ個人的に歴史をないがしろにされてるようで気に食わないだけで。こいつらが先に天下餅って言葉を使っていて、それが偶然にも後の世で使われたんだと言われたらそれで終わりの話になる……のか?


「……天下餅ってのは何なんだ?」


 結局頭の中で言葉はまとまらず、曖昧な質問となって口を突いた。

 もう少し情報があれば意見がまとまりそうなのに、あまりにも常識からかけ離れた事が多すぎて何もまとまらない。


「月の神より賜る覇者としての天下を治める者に対する絶対の称号だ。天下を治めるためには絶対の力がいる。例え一度手にしても、力を失えば再び月の神の手に戻り、新たに争いが始まる」

「なるほどね」


 絶対なる神様の支持を得て天下を治めるのだからそれは正当だと。やってることは信長と同じだな。違いがあるとすればこちらの神様は道理をすっ飛ばす程度の事は出来るってところか。


「ここまでの情報を整理すると、俺は鏡餅様に千年前の月へ呼び出された。その理由は覇権争いに手を貸せと。天下を治めるのは大将――話から察するに月兎、玄兎、玉兎それぞれに大将がいて、連合勢力にも同じような大将がいて、そいつらにだけ権利がある。兎さんはこの鏡餅様を玉兎とやらの軍の大将だと踏んでいる。この話に双方相違なし?」

「……なんでオレの方を見やがる」

「だって俺、鏡餅様の事まだ信用してないし」

「ハッ! だとよ! ザマァねえな!」


 兎は嘲笑する。

 表情は全然わからんのにこうして喋り方で教えてくれるなんて本当に親切な兎だ。出会い方が違えば悪友くらいになってたかもしれない。なんて、それくらい彼とならうまくやれる気がしてくる。手枷足枷で動けなくしてるのが申し訳ないくらいだ。

 あれ、これひょっとしたらもう少し情報を引き出せるんじゃなかろうか。


「聞いておくれよ兎どん。そもそも俺ここに騙し討ちで呼び出されたんだぜ? 俺が餅屋だって確認した後に『つきに来てくれ』だなんて言ってさ、餅を搗きに行きますよって意味で返事しただけなのに月に連れて来られたんだから。しかも今の今まで何にも教えてもらってないの」

「カハハ! 玉兎らしいじゃねえか! まったくテメェには同情するぜ。ご愁傷様だ」


 お、乗ってくれた。これはいけるんじゃないか?


「本当だよ。俺はこれからどうしたらいいんだろうね?」

「知らねえよ。テメェで何とかしやがれ」


 泣き落としは通用しなかった。

 いや、本当に案は無いってだけこともあるか。しかし分かったこともある。


「鏡餅様よ、月兎軍ってのはどういう軍なんだ?」

「おい人間、何考えてやがる」


 そんな格好でドスを利かされてもね。


「兎さんでもいいんだけどさ、玉兎軍ってのが自分都合でしか動かない騙し討ち上等の軍だってのは分かった。だから月兎軍がどんな軍か知りたいんだ」

「……オレが敵に情報を売ると?」

「まさか。そこまでは思ってないよ。むしろ逆だ。俺が売りたいのさ。恩義ってのを」


 商品と一緒に恩も売るのは客商売の基本である。

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