6時限目 ピンク色
齋藤さんが、教師たちや救命隊員に抱えられて、救急車に乗せられた。
その日は帰宅後、スマホを開いたが、メッセージを打ち込むのに時間が掛かった。
ただ一行……。
文豪: また教室で会いたい
暫らくすると返信が届いた。
ピンクいろ: 今日は入院するみたい
ピンクいろ: 明日は学校休むかも
文豪: お大事に、早く治して欲しい
ピンクいろ: 【スタンプ】治すぞ!包帯ウサギ
僕はそのままの姿勢で、スマホの画面を見詰めた後に、電源を落とした。
◆ ◇ ◆
二日後の放課後、春の日差しが時刻と共に和らぐ、放課後の校舎の屋上。
普段は出入りができないはずの鍵を、齋藤さんは持っていた。
僕は真っ先に、口を開いた。
「齋藤さん、おかえり。今日も教室じゃあ、あんまり話も出来なかったね」
今日も齋藤さんの周りには、女子が入れ代わり立ち代わりに集まっては、心配する態を装いながら色々と質問していた。
齋藤さんは露骨に嫌そうな表情を隠すことなく、適当に返事をしていた。
そして僕には、コッソリとこんなメモをくれた。
――放課後、時間とれるなら、付いて来て――
「ここは期間限定の、あぁーしの特等席なの」
クルリと振り返り見せた、齋藤さんの微笑は、周りの風景をカラフルにした。
「稲葉君には、心配かけちゃったね。LINEのメッセみて思った」
齋藤さんは、一歩僕に近づいて言った。
「稲葉君は『先天性部分性眼皮膚白皮症Ⅳ型』って知ってる?」
「……んっと、ゴメン聞いたことないや」
「じゃあ、アルビノって聞いたことある?」
「あぁ。白い蛇とか?白いライオンとか?」
「あぁーしも、それなんだよね。生まれるのはたった0.005%の不幸な偶然……」
齋藤さんの笑顔はいつの間にか、諦念の交った悲しげな表情に変わっていた。
「そしてアルビノに生まれると、早逝するって言われてるのよ」
僕は勇気を出して、ピンク色の話題にそっと触れた。
「その髪の毛も、そして瞳も生まれながらのものなんだね」
齋藤さんは静かに頷くと、突然心に溜めていたものを一気に吐き出すように言った。
「親だって、そんなあぁーしに、スミレなんて名前を付けて……スミレなんて早逝を意味する花じゃない。あぁーしはこの髪も、名前も大嫌い!」
「僕はこの学校に入って、景色がどんどんモノクロになっていたんだ。そんななかで、唯一見付けた鮮やかな色は、君の髪のピンクなんだ。そして僕が自己紹介で困っていたのを助けてくれたのは、君の名前なんだ」
僕はどうしようもない現実を抱えている齋藤さんに対して、ただ自分の想いを伝えたかった。
「僕は齋藤さんの、髪にも名前にも救われているんだ」
僕は齋藤さんにとって、何の慰めにもならないことを知りつつ、伝えずにはいられなかった。
「それにスミレが早逝を意味するって、『ハムレット』に登場するオフィーリアの一場面からなんだ。きっと、ピンクのスミレには素敵な意味が込められてるさ」
僕は直ぐにスマホで検索してみた。
ある意味賭けだった、そもそも花のことなんか詳しい訳がない。
そして検索結果の出たスマホの画面に、暫らく目を奪われていると、そのまま齋藤さんにみせた。
「ほら、ピンクのスミレの花言葉は『愛』と『希望』だよ。そして誕生花は、『1月6日』って!齋藤さんの誕生日じゃないか」
齋藤さんは、スマホの画面をじっと見つめ続けた。
そして、やがてその赤褐色の瞳には涙が溢れてきた。
僕は慌てて、ポケットからハンカチを取り出して、齋藤さんに手渡しながら、心の中に在る想いを言葉にして出した。
「僕はピンクのスミレが好きだよ」
齋藤さんは一瞬だけ驚くように僕の顔を見詰めると、頷きながら俯いたまま、涙で掠れた声で言った。
「わたしも、シェークスピア以外の文豪は好きよ」
屋上には穏やかな日差しが、二人を優しく包み込んでいる。
そして、春のそよ風が齋藤さんの髪を靡かせて、駆け抜けていく。
そして面を上げた齋藤さんの赤褐色の瞳は、涙で潤みピンク色に見えたんだ。
―― 完 ――
両手にランとスミレ ~曰く付きの高校生たち~ ☆カクヨムコン10【恋愛短編】応募作品☆ そうじ職人 @souji-syokunin
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